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(o^^o)年上限定で

 投稿者:(ω//ナオ  投稿日:2010年 2月10日(水)00時08分10秒
  年上限定で興味ある人だけ〜
自撮り送ります。
kira.kira-hoshi7@ezweb.ne.jp
メッセージメールよろしくデス待ってます。
 

見解の相違は保留しつつ………、

 投稿者:  投稿日:2010年 2月 9日(火)21時25分59秒
  >Whiteらは,直立二足歩行の起源は"open grasslands"だったという古い説に対して,
今回の発見は,
(アウストラロピテクスの出現までの)初期ヒト科の進化はサバンナでもサバンナモザイクでもなく,"wooded habitats"で起こったことを示唆していると主張しています

英語論文の読み下しが出来ない私に、情報有難うございます。

前回も述べましたが、直立二足歩行の契機を、直接立証する化石や物的証拠は実は何も無い状況です。個々の形状を示す化石は発見されるとして、その成り立ちを直接証拠づける材料は今後も出ないかも知れません。
そう言う中での、言わば「どちらが有り得そうげか」と言うことを、アレコレ、それも門外漢として考えている訳で、今後も専門的な情報の提供を宜しくお願いするものです。

……と言うことで、所詮結論の出る話では無いのですが、やはり今のところ私は「アクア説」に1票と言うところですし、従来の「セントラルドグマ」的、イーストサイド・ストーリーの破綻で、より一層その傾斜を深めている「今日この頃」です。

前回まとめて述べているので繰り返しませんが、直立二足歩行への様々なメカニズムの説明が有っても、やはり同じ森の中での、チンパンジー・ボノボとの分岐が納得し難いと言うことですね。同じ淘汰圧の中、何故ヒトだけが?ってことです。

或いは………、
>ヒトの二足歩行は樹上生活に対する高度な適応の中から生まれたもの
>ヒトの系統は森林の中で,その「二足歩行」をより洗練させていった

だとするならばなおさら、洗練され高度に適応した樹上から、何故地上の直立二足歩行に移行する必要が有ったのかと言う疑問が出てきます。樹上での適応は地上の練習では無い筈だからです。
森林の中だけで問題を解決しようとした時、避けられないジレンマみたいに私には感じられるんですね。
地上に降りる為には、その為のハシゴと言うか、どうしても中間にもう一つ要因を想定しないと、そこに無理が生じると思う訳です。私としては。

ここでサバンナ説が生きていれば、「森を負われてサバンナへの適応」として、一応説明が付いたのですが、それが破綻した今、新たなパラダイムの構築が迫られているのだと思っています。
結局今回のホワイト隊発表の意義はここに有ったんじゃないかな、と。

以前この件で議論の「最節約」論争が有りました。
森の中だけで、樹上から地上への移行が、若し自然に説明が付くなら、それは確かに再節約だと私も考えます。
しかし自然に移行したと考えるには、直立二足歩行はあまりにも支払う代償が高く、上で述べたようにその動機の説明も不十分です。
やはり何かそこに、その為の特別の要因を別に考えたくなる訳です。それが私にとっては「水」だった訳ですね。

しかし何れにしても物証の無い中、結局は何に重みを置くか、と言う各人の見解の違いになってくるのかも知れません。
意見は違っても、議論は自分の認識を深めてくれる訳で、有意義だと思っています。
これからもご無礼、ご容赦ください。


アクア説についても繰り返しませんが、私がここで今まで、敢えて一切触れなかった、アクア説を傍証する「身体の痕跡」、例えば無毛性だとか毛流だとか、その他モーガンがこれでもかこれでもかと述べている点等も、私として実は多いに説得力を感じるところです。

なお「アクア説」について、モーガンの文章をダイジェストしながら、必要な批判を加えつつコンパクトにまとめているWebサイトを見つけました。興味がお有りな向きはご覧下さい。
http://www.nagaitosiya.com/a/aquatic_ape.html


個別の問題に入ります。

>現生のチンパンジーは四足で歩くのと同程度に二足歩行に洗練していますし,

これは以前述べたことが有るのですが、森と平場の両方を生息域としている種の、妥協の産物でしょう。「二足歩行に洗練」しているとは言っても、あくまでも「四足で歩くのと同程度に」です。
問題は何故そこから直立二足歩行に特化したか、でした。

>ボトルネック
>仮に「700万年前に数百の個体まで減少した」としても,そもそも,700万年前から現在までの間にヒトの系統は数多くの形態種を進化させているわけで,その後もずっと遺伝的に均質であったとは考えにくいでしょう

これについては全く仰る通りですね。
最初に水で隔離されたグループと現生人類の遺伝的一様性を結びつけた、前回の主張は撤回します。
ただ前回の私のシナリオを前提とした時、極く少数のグループが残され、それが直立二足歩行へのボトルネックになったことは充分有ると考えています。


※ 前適応

なお私は一連の書き込みの中で、ブラキエーション等の前適応について、殆ど考慮しませんでした。アクア説を前提とする限り、森の中での前適応は、直立二足歩行への直接的な効果として考慮する必要が無かったと言うことが有ります。

ただ前回の書き込みでも触れましたが、アクア説を採ったとしても「ヒトの形質の中で懸垂運動への適応の結果として説明されている形質(広い胸郭,側方を向く肩関節,短い体幹)」等、或いはその他も考慮するべきかと、今は思っています。
大型ネズミに毛の生えた程度の状態で水をかぶったら、直立二足歩行の前に溺れて死んでしまう訳ですからね。

祖先が水につかる前にどの程度の、そう言った前適応が有ったか、どうか。
或いは残された台地状の場所の広さ、そこにどの程度森が残っていたか、等など。
アクア説でも、都合に合わせ色々な想定は出来るのですが、何れにしても物証無き推定に過ぎない訳で。


※ チンパンジー、サンブルピテクス、プロコンスル

>「(ヒトとチンパンジーの共通祖先の可能性も高い)サンブル・ホミノイド(約950万年前)はプロコンスル(約1800万年前)と大差ない『原始的な樹上四足歩行者』である」
可能性はかなり低いのではないでしょうか?

確かに改めて問題を建てられれば、そうなんでしょうね。
どこだったかでshinok30さんから「雄さんはサンブルピテクスとプロコンスルの違いも分からない人ですからね」と嗤われている訳ですが、全くその通りで、キチンと問題を建てられれば兎も角、何気なく見た時、そこに大差を見つける自信は、多分有りません。

ただそんな私でも、隣の骨格が、初期人類の骨格モデルだろうことは直ぐ分かる訳で、要するに、直立二足歩行に移行したヒトと、他の類人猿・霊長類とはハッキリした飛躍が有ることを強調する文脈だった訳です。
 

自然淘汰と中立説とに限っていうと

 投稿者:Seagul-X  投稿日:2010年 2月 9日(火)21時14分55秒
  しばらく入院してて読めてなかったんですが、無事に退院してきました。

SHADE さんが何を誤解しているのかよくわからないんですが、変異が定着していくメカニズムとして自然淘汰と遺伝的浮動の両方の効果が働いているだけで、その両者は別に矛盾しませんよね。
淘汰圧が強ければ、相対的に自然淘汰の効果の方が大きくなって遺伝的浮動は無視してもかまわないくらいになるかもしれませんし、逆に淘汰圧がほとんどなければ自然淘汰の効果は小さくなってほとんどは遺伝的浮動で決まる場合もある。
分子レベルではほとんど遺伝的浮動で決まるといっても、厳密には DNA やアミノ酸の変化はごくわずかではあっても合成に必要なエネルギーが違って有利不利が発生しているはずです。それによる自然淘汰の効果よりはるかに強く遺伝的浮動が働いているだけで。

ということで、総合説に反証したければ自然淘汰と遺伝的浮動の両方を反証すればいいんです。(「自然淘汰と中立説とに限っていうと」という話の上で、ここでは総合説の他の要素はとりあえず無視しています)
もとから両者共存できる説を持ってきて反証したつもり、なんてのがおかしかったんだと思います。Wikipedia にも、提唱した木村資生自身が「中立説は適応進化の決定要因として自然選択の役割を否定するものではない」と述べていたことが書かれていますよね。

と、ここまで(エディタで)書いてブラウザをリロードしてみたら、まさ海苔さんに先を越されたorz


そうそう、diamonds8888x さん、マクロレベルでの形質に中立なものがほとんどないのには、形質の発現に少なからぬ資源を費やさざるを得ない(その時点で既にマイナス)ので、それを上回る有利さがないものは淘汰されてしまうだろう、という要素も効いているんじゃないかと個人的には考えます。(とくに根拠はないんですが)
 

反証は個別に・・・

 投稿者:まさ海苔  投稿日:2010年 2月 9日(火)21時03分23秒
  SHADE さん
<総合説は新しい知見をどんどん飲み込んでいく説という感じがします

それは極めて当然のことではないでしょうか?
とある説があって、それを完全無欠のものとしてみることはすべきではないでしょう。
下記AH1さんの言うとおり、どの部分の何を議論するかが重要であって、「総合説」そのものを、どうこ
う言うべきではないでしょうね。

<遺伝子重複説とか動く遺伝子とかは総合説に含まれるんですか。

遺伝子重複説=大野 乾の法則のことですね。
木村資生の分子進化論に基づいている以上、「総合説」の側と見るべきですね。
哲学的な解釈をされがちな「共生説」なども結局は生き残りをかけた選択であるので「総合説」に組み
込まれますし・・・
 

確かにわかりにくい場合もあるでしょうね

 投稿者:AH1  投稿日:2010年 2月 9日(火)18時55分2秒
編集済
  いろんな知見がダカダカ出て来たから「何説」と言いにくくなって、まとめて「総合説」って呼んでしまったような所はあるでしょうからねえ。
仮に「現在認められている説を総合説と呼ぶ」と定義してしまえば、総合説は反証不能、というか無敵です。
ですが、「あ、それも総合説の一部にしちゃうから、総合説は間違いじゃないよーん」というような言い逃れのために作られたってわけではないですよ。
とはいえ、総合説について議論する場合は、「総合説」のどの部分を話しているか、何を議論しているか、という注意は必要な場合はあるでしょうね。

あと、トランスポゾンや遺伝子重複については「遺伝的な変異をどのように供給するか、どのように広めるか」という部分にかかわる問題であり、自然淘汰や中立説と直接対立する概念ではないように思います。何説の一部を構成しても不思議じゃありません。


今ではちょっと考えにくくはあるんですが、「突然変異説」なんてのもあって、独自の理論だと考えられた事もあったはずです。ですが、現在は突然変異は進化に必須のものと考えられています。自然淘汰説がこれを「勝手に飲み込んで」しまったというよりも、「突然変異と自然淘汰は別に対立しない」という風に理解されるようになったからでしょう。
 

総合説は反証不可能

 投稿者:SHADE  投稿日:2010年 2月 9日(火)16時29分47秒
  Wikipediaによると、ネオ.ダーウィニズムと総合説は同一視されているみたいですね。そして、そして総合説は新しい知見をどんどん飲み込んでいく説という感じがします。これじゃあ総合説は反証不可能じゃないですか。いわゆるトンデモ以外のまっとうな説で総合説ではない説ってあるんですか。たとえば遺伝子重複説とか動く遺伝子とかは総合説に含まれるんですか。  

アルディ

 投稿者:AH1  投稿日:2010年 2月 9日(火)11時15分6秒
  今回の発表から言えるのは
・アルディピテクスはかなり古い時代に、恐らく森林の中で、かなり高度な二足歩行を既に獲得していた
・二足歩行への進化が地溝帯でのみ起こったとはいえない
という事くらいなのでは?

後のアウストラロピテクスまではしばらくの時間がありますし、系統的にも直系であるかどうかはまだ未定だったはずですし。
そこで何かがあったのか、特段なにもなかったのか、その辺は今後の研究次第でしょう。
 

ボトルネック

 投稿者:shinok30  投稿日:2010年 2月 9日(火)03時39分53秒
編集済
  >700万年前、何かが起こったのです。これは間違いないでしょう。それも多分、トンデモ無く恐ろしいことが。

>4)、最近のゲノム解析で、人間の塩基配列と言うか遺伝子が非常に均質であることが
>判明しているようです。個体によるバラツキが非常に狭いと言うことです(そもそも
>これだけの個体数で、肌の色や色々違うのに、全て単一種だってこともユニークですね)。
>野生のチンパンジー等は個体によるバラツキが広いらしい(「ヒトとサルのあいだ」吉田脩二著、25ページ)。

>これは何を意味するかと言うと、我々ヒトの祖先が、極めて限られた数の、おそらく数百とかせいぜい数千と言った
>レベルの個体数で始まったことを想定させます。
>急激な環境変化が起こって、多分大半はその時死んだか生き残れなかった。かろうじて残った、おそらく数百の
>個体がその環境変化に否応なく急速に適応し、そしてその形質が後の世代に伝わった。少ない個体数は
>おそらくボトルネックとして作用しただろう。

現生人類は遺伝的多様性に乏しく,
個体数が減少したことによるボトルネック効果の形跡があるらしいとはいわれていますが,
それは現生人類があらわれた後の数万年前の話で数百万年前の初期人類のことではなかったと思いますよ

トバ・カタストロフ理論によれば,
7万5千年前に、インドネシア、スマトラ島にあるトバ火山が大噴火によって
現世人類は極めて少ない人口(1000組-1万組ほどの夫婦)まで減少したと考えられています
http://ja.wikipedia.org/wiki/トバ・カタストロフ理論

仮に「700万年前に数百の個体まで減少した」としても,
そもそも,700万年前から現在までの間に
ヒトの系統は数多くの形態種を進化させているわけで,
その後もずっと遺伝的に均質であったとは考えにくいでしょう
 

アフリカ地溝帯

 投稿者:バナナ  投稿日:2010年 2月 9日(火)03時23分45秒
編集済
  雄さん、イーストサイド・ストーリーは古人類学ですよね。従って、言葉くらいしか知りま
せん。破綻したとは聞いていますが。
私が、書けるとしたら、アフリカ大地溝帯についてです。
アフリカ大地溝帯は、東部アフリカの台地(平均海抜1500m以上)を南北に縦貫する顕著な
断層陥没地帯です。その総延長は4000kmに達します。東部地溝帯と西部地溝帯からなり、
多数の湖が連なります。
活動は1800万年前に始まったとされています。
火山活動が活発で、塩基性火山岩、アルカリ火山岩が分布します。キリマンジェロ等の山地
を形成しています。そこで、山脈を挟んで、西部は熱帯雨林、東部はサバンナと変化します。
アフリカ地溝帯は、大洋低の海嶺に伴う全地球的な地溝帯の一部です。
東部地溝帯はご存知のように初期人類化石の宝庫です。
そこで、サバンナ気候との関係ですが、活動が1800万年から始まったと言う事を考えると、サバンナ化はかなり古そうですがハッキリ知りません。
答えになっているか、心配ですが、地溝帯の知識としてはこの程度です。
 

アルディピテクス・ラミダスの特徴

 投稿者:shinok30  投稿日:2010年 2月 9日(火)02時50分57秒
編集済
  >アルディピテクス・ラミダスが森の中で暮らしていたのは事実でしょう。ぶら下がり(ブランキエーション)を含めた樹上生活と、
>地上での直立2足歩行をしていたのも事実でしょう。
>しかし、だからと言ってその直立2足歩行が森の中で発達したことにはならない、と言うのが私の、
>今回改めて強く思ったことです。つまりshinok30さんとは見解を異にします。

「アルディ」の骨盤,手,足の形態が直立二足歩行の特徴を示しながら,
"opposable big toe"(拇指対向性の足)という樹上生活の特徴も併せ持っていたということは,
森林の中で樹上と地上の両方を生活圏としながら,
直立二足歩行が獲得されたことを強く示唆しているように思えます

>Now, that question is being answered in detail for the first time. A multinational
> team discovered the first parts of the Ar. ramidus skeleton in 1994 in Aramis,
> Ethiopia. At 4.4 million years old, Ardi is not the oldest fossil proposed as an
> early hominin, or member of the human family, but it is by far the most
> complete--including most of the skull and jaw bones, as well as the extremely
> rare pelvis, hands, and feet. These parts reveal that Ardi had an intermediate
> form of upright walking, a hallmark of hominins, according to the authors of
> 11 papers that describe Ardi and at least 35 other individuals of her species.
> But Ardi still must have spent a lot of time in the trees, the team reports,
> because she had an opposable big toe. That means she was probably grasping branches
> and climbing carefully to reach food, to sleep in nests, and to escape predators.
http://jinmei.hp.infoseek.co.jp/ramidus.html

ただし,復元図の「長い腕や側方を向く肩関節」などから受けたshinok30の第一印象と異なり,
「アルディ」の樹上適応の程度は,"palmigrade clambering"(蹠行性よじ登り)の特徴はみられるものの
ゴリラやチンパンジーのような"suspension"(懸垂)や"vertical climbing"(垂直登り)の特徴は欠いているようですね

>Ardipithecus ramidus and the Paleobiology of Early Hominids
>Tim D. White et al.
>
> Its hands, arms, feet, pelvis, and legs collectively reveal that it moved capably in the trees,
> supported on its feet and palms (palmigrade clambering), but lacked any characteristics typical
> of the suspension, vertical climbing, or knuckle-walking of modern gorillas and chimps.
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/326/5949/64/DC2

つまり,ゴリラやチンパンジーなどよりも,はるかに「二足歩行」を進化させていながら,
それでもまだ森林に留まっていたということなのだと思います



>ただ今回の論文では、その直立2足歩行の起源、契機と言うものに言及していません
>(若しそう言う箇所が有ったら是非お聞かせ下さい)。


Whiteらは,直立二足歩行の起源は"open grasslands"だったという古い説に対して,
今回の発見は,
(アウストラロピテクスの出現までの)初期ヒト科の進化は
サバンナでもサバンナモザイクでもなく,"wooded habitats"で起こったことを示唆していると主張しています

>Macrovertebrate Paleontology and the Pliocene Habitat of Ardipithecus ramidus
>Tim D. White et al.
>
>Ever since Darwin, scholars have speculated about the role that environment may have
> played in human origins, evolution, and adaptation. Given that all living great apes
> live and feed in trees, it has been assumed that the last common ancestor we shared
> with these forms was also a forest-dweller. In 1925, Raymond Dart described the first
> Australopithecus, a child’s skull, at Taung, South Africa. Its occurrence among other
> fossils indicative of a grassland environment prompted speculation that the open
> grasslands of Africa were exploited by early hominids and were therefore somehow
> integrally involved with the origins of upright walking.
>
>Finally, the carbon isotopic composition of Ar. ramidus teeth is similar to that of the
> predominantly arboreal, small, baboon-like Pliopapio and the woodland browser Tragelaphus,
> indicating little dietary intake of grass or grass-eating animals. It is therefore unlikely
> that Ar. ramidus was feeding much in open grasslands.
>
>These data suggest that the anatomy and behavior of early hominids did not evolve in response
> to open savanna or mosaic settings. Rather, hominids appear to have originated and persisted
> within more closed, wooded habitats until the emergence of more ecologically aggressive
> Australopithecus.
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/326/5949/67/DC2



shinok30は,四足歩行が犠牲になるほど樹上生活へ適応した後の霊長類が
効率よく移動するために進化した移動様式の一つが「二足歩行」だったと考えています


ヒトの「直立二足歩行」は草原に進出する際にも使われた移動様式ですが,
Whiteらも主張しているように,
その基本的な獲得は「森林の中」で起こったのではないでしょうか?

だからこそ,「アルディ」のような森林生活者に直立二足歩行の特徴が見られるわけです

また,現生のチンパンジーは四足で歩くのと同程度に二足歩行に洗練していますし,
オランウータンも細くてたわみやすい枝を移動する際には,二足歩行を多用していることが分かっています
(オランウータンの「高度な樹上適応」はヒトやチンパンジーとは独立に獲得されたものなので,
 この「樹上二足歩行」はヒトやチンパンジーとは独立に獲得された可能性が高いでしょう)

つまり,そもそも「樹上生活での二足歩行という選択」はそれほど特殊なことではなく,
(「アルディ」にみられるように)
ヒトの系統は森林の中で,その「二足歩行」をより洗練させていったということですね
 

まさ海苔さんへ

 投稿者:ダーウィンの子犬  投稿日:2010年 2月 8日(月)22時26分55秒
  > ウソも方便・・それこそが最大の欺瞞ではありませんか?

→そうおもいます。でも,そのような論理がまかり通ることが多いですね。
 身近な例では(宗教からはずれますが),環境に優しいを唱えながら,大量廃棄・大量消費を勧めるエコポイント制や,大量のエネルギを無駄に消費する太陽電池補助金などがありますね。ちなみに,太陽電池などは,「無限の太陽エネルギ・どこにでもあるシリコン」などの甘い言葉にだまされている人は多いのではないでしょうか。あるいは,承知の上だけど「嘘も方便」を決め込んでいる人も多いのではないでしょうか。


> サンタの話は相手が精神的に未発達な子供であり、知識もまだ十分に有していないから、夢を与えると
> いうことでそれは良しでしょうが・・・・いい年こいた大人が、社会規範をウソから学ぶなどとは、一体
> どういうことでしょうねぇ。
> 「僕はサンタさんを信じてます。ねぇ僕って心が清らかでしょう」ってまわりに言えば、気持ち悪がられ
> るだけだと思いますよ。(笑)

→「私は神を信じます」という人はいますね。正確に言うと「その規範に同意します」ということなんでしょうが,サンタを信じるのと同じレベルで神を信じる人も多いように思います。しかもそういう人を「気持ち悪い」などというのははばかれる世の中のように思います。


> 創世記第一章=「生めよ増えよ、この地に満ちよ。あらゆる動物、植物を支配せよ。」これを美徳とする
> ことのどこが善なのでしょうか?

→美徳かどうかはともかく,これは本能的なものなので否定は困難ですね。まぁ,欧米の人口が激増しているわけではないので,この章が人口増に本質的に寄与しているとは思えませんが。


> 第十二章 第二十章 第二十六章 サライの冒険=神による人類救済の出発点として選ばれたアブラハム
> は、その神の祝福の元に幾度もエジプトやゲラルに対して神共々、美人局をやって財を成すわけですよ。
> 息子のイサクもペリシテ人に全く同じことをしてますね。(誓いの井戸より)
> こんなことを知られたら、そりゃ創造論者たちは都合が悪いことでしょう。
> だから彼らは原点である創世記にはなるべく触れずに済まそうとする。
> 聖書の中の都合のいい部分だけを、文章的な前後関係を無視して選び出し説教なさる。

→人類に都合のいい部分であれば選択も許容します。


>>創造論者や創造科学論者を非科学的と非難するのは的はずれ〜彼らは規範を広めるのが目的であり〜

> それこそが非科学的なのです。
> 科学は実証を必要としますが、その『公約』をないがしろにして科学を名乗る創造論は特に非難されて
> しかるべきでしょう。

→そう思います。しかし,彼らは単に非科学的と非難されてもへとも思わないように見えます。少しはこたえているのでしょうか。もう少し効率のいい方法はないものでしょうか。
 サンタを信じるレベルで神を信じる人が現実に存在するので,難しそうですね。


>>進化論はかれらの規範(の大部分)に影響しないこと,進化論を認めても権威は失墜しないこと,規範
>>を広めるのに嘘や間違いを主張するは不要なこと,などを強調した方がよいのではないでしょうか。

> それは、多くの進化論者が(と言うより常識を持つ全ての人が)長く言い続けてきたことです。
> 進化論あるいは科学が、社会規範を乱すかのようによく言われますが、これはまったくのイチャモン。
> 迷信に囚われた古き伝統的規範は正されていくべきものだと信じます。

→そう思います。でも,とくに害がなければ古き伝統的規範も私は許容しますけど。
 許容というより,論評できないというのが正確かもしれません。たとえば人工中絶など全面的に禁止とはいわないけれど,全面的に賛成ともいいにくいですね。
 

雄さんへ

 投稿者:ダーウィンの子犬  投稿日:2010年 2月 8日(月)21時30分58秒
  > ここでも何回か述べているのですが、・・・と言う深刻な論理的帰結を生じるからでしょう。

→もし,黒い猿や黄色い猿がいなかったらこれほど固執しないと思うのですが,どうでしょう。


> 地動説も、・・・未だ妥協出来たんだと思います。

→地動説による不利益がそれほど大きくなかったから妥協できたのだと思います。もし,不利益が大きかったらどんなへ理屈を付けても認めなかったのではないでしょうか。


> 人間が他のサルと同じように体毛がふさふさしていたら、おそらくチンパンジーなどとの縁戚関係が早い段階で想定され、旧約聖書の創世記が成り立っていたかどうか、いささか疑問に思ったりします。

→あまり変わらなかったように思います。黒い猿や黄色い猿は体毛がふさふさしてるわけではないですからね(むしろ逆か?)。
 もし,黒い猿や黄色い猿がいなかったとしても,あるいはすべての体毛がふさふさしていたとしても,何らかの違いを見つけて差別したんでしょうね(もっとも,こういった差別は創世記に関係なく存在しますが)。
 そして,その差別の理由が進化論によって脅かされるなら,やはり進化論を批判するのではないでしょうか。
 

RE 直立2足歩行の契機

 投稿者:  投稿日:2010年 2月 8日(月)20時56分35秒
  いわゆる「サバンナ説」、「イーストサイド・ストーリー(以下、ストーリー)」の破綻は、440万年前と推定される、アルディピテクスの棲息年代による訳ですよね。
その当時、アフリカにサバンナは未だ開けていなかった。これだけでストーリーの破綻は確定です。この辺の地質学的知識についてはバナナさんが詳しいかも知れません。
事実、アルディはサバンナで無く森の中で棲息していたとされています。

ここでも何回か書きましたが、2005年サヘラントロプスが発見された時、既にストーリー提唱者のイヴ・コバン博士自身が、自説を撤回しています。
何しろサヘラントロプスは700万年前、アルディよりも遥かに古い訳ですから。


>ヒトの二足歩行は樹上生活に対する高度な適応の中から生まれたものなのでしょう

今回のホワイト隊の論文の詳細を私は知りません。あくまでも報道での範囲なので若し間違いが有ったら指摘して頂きたいのですが、論文はアルディピテクス・ラミダスが棲息していた年代、その環境、体型、樹上に適応した行動などについて、詳細に、おそらく正確に記述しています。地上での直立2足歩行も含めて。
(それにしてもこの復元モデルは真っ直ぐな、きれいな直立姿勢をしていますね。およそ100万年後のルーシーと比べても真っすぐだ。もう少し前かがみになっていても良さそうだと思うのですが)

ただ今回の論文では、その直立2足歩行の起源、契機と言うものに言及していません(若しそう言う箇所が有ったら是非お聞かせ下さい)。
化石ハンターであるホワイト隊としては、事実の提示だけに留め、余計な推測を加えなかったのでしょう。一つの節度・見識だと思います。

アルディピテクス・ラミダスが森の中で暮らしていたのは事実でしょう。ぶら下がり(ブランキエーション)を含めた樹上生活と、地上での直立2足歩行をしていたのも事実でしょう。
しかし、だからと言ってその直立2足歩行が森の中で発達したことにはならない、と言うのが私の、今回改めて強く思ったことです。つまりshinok30さんとは見解を異にします。

「サバンナ説」「イーストサイド・ストーリー」の破綻が何を意味するか。
元々「森の中」と言う同じ環境下での種分化、分岐が説明不能に陥り、その解決の為考え出された仮説が「サバンナ説」であり「ストーリー」だった訳です。ストーリーが有る程度説得力を持っていたのは、サバンナと言う、それまでの森とは違った環境を想定することで、淘汰圧と直立2足歩行への適応、そして隔離が説明できたからです。
そのストーリーが破綻した今、元々の「森の中」に帰って、合理的な説明が出来るとは思えません。

樹上生活をしていたのはヒトの祖先だけでは有りません。
若し森の中で直立2足歩行を発達させたのだとしたら、そもそも何故ヒトだけがそれに特化して分岐したか、その説明が必要になるでしょう。
何より同じ森の中で、何故チンパンジーの祖先たちと別々の道を歩むことになったか。歩まなければならなかったか。

チンパンジーとボノボはコンゴ川で隔離されました。身体の大きさ、性行動などに若干の違いは有るものの、見た目は殆ど同じに見えます。同じ森の中、それが普通なのでしょう。
それに比べてのヒトのこの特殊性を、同じ森の中での環境下で説明を求められると思われます。

shinok30さんご指摘のように、森林棲の大型類人猿も程度の差こそあれ(応急的には)全てが二足歩行します。
同じ環境(淘汰圧)に居ながら何故ヒトもその段階に留まらなかったのでしょうか。隔離の問題も説明できません。

※ なお、ブラキエーションが直立2足歩行の前適応になるかどうか、については専門家の間でも見解が分かれていて、背骨に掛かる重力付加等が逆だから直立の前適応にはならない、と言う主張が有ります。
腰痛はヒトの直立2足歩行の言わば代償ですが、その治療にけん引をする場合が有ります。つまり地上で立つこととぶら下がりでは、やっていることが逆だと言える訳で、私としては「ブラキエーション前適応論」に疑問です。
大型類人猿が木から木へ移動する際の木登りは、前適応となったかも知れません。

ただ………、
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/5329/1188178955/96

>仮に水棲になる前の共通祖先がプロコンスルような原始的な樹上四足歩行者であった場合,
ヒトの形質の中で懸垂運動への適応の結果として説明されている形質(広い胸郭,側方を向く肩関節,短い体幹)まで,水棲への適応で説明しないといけなくなる上,それがチンプの樹上適応と類似していることも偶然の一致とみなすことになりますよ

…と言うご指摘は、直立二足歩行への前適応と言うことで無いにしても、参考にさせて頂きます。


アルディピテクス・ラミダスから離れて、他の祖先たちに目を向けた時、サヘラントロプスは頭蓋骨だけ、オロリン・ツゲネンシスは大腿骨だけと言う制約は有りますが(今回の意義はアルディの全身骨格と言う点が決定的に大きい)、双方とも600〜700万年前の棲息だとされています。
そしてサヘラントロプスは頭蓋骨の大喉頭腔の位置と角度、オロリンはそのものズバリ大たい骨によって、一部異論が有るものの、直立2足歩行がほぼ承認されています。つまりヒトとして認定されています。
分子生物学の知見からも、ヒトの分岐年代を600〜700万年前とするのは、今定説となっているようです。

つまりアルディピテクスよりも150万年とか250万年前には、既にヒトは直立2足で歩き始めていた訳です。アルディはその途中過程だと言えるでしょう。
ヒトの直立2足歩行の起源、契機を探るとしたら、この600〜700万年前に何が有ったかを考えるべきだと思う訳です。440万年前のアファールの森の中には……、多分有りません。


700万年前、何かが起こったのです。これは間違いないでしょう。それも多分、トンデモ無く恐ろしいことが。
ヒトの直立2足歩行仮説として、従来ほぼ唯一とも言えた「イーストサイド・ストーリー」が破綻した今、私は「アクア説」に一層の説得力を感じています。
私がそう考える根拠は次の4点です。

1)、全ての類人猿、霊長類、哺乳類を含めて、直立2足歩行(応急的の範囲を超えて)に特化したのは、ただ一種ヒトだけです。それだけ特異な移動様式だと言うことです。とすれば、それを促した淘汰圧も又特異な要因だっただろう、と推測されます。

2)、解剖学の専門家によればヒトの直立2足歩行は、トンデモ無い設計ミスで、普通は考えられないことだそうです。腰痛や痔、ヘルニア、メスの難産など、今でもその代償を払っています。
その代償を支払ってなお、トンデモ無いその道に否応なく踏み出さざるを得なかった、抜き差しならない環境変化が、多分有ったのです。

3)、先に述べたように分子進化学の知見で、ヒトの分岐は700万年前位だと言うのが定説になっています。
ところがサヘラントロプスは既に700万年前の時点で、直立2足歩行をしていたようです。
分岐して殆ど間を置かず、ヒトは直立2足歩行を身に付けたと言えます。
気象や地質学的な漸進的な環境変化に伴っての、ゆっくりした適応では間に合わなかった筈です。
ましてや同じ森の中での変化の無い生活を通しての「樹上生活に対する高度な適応」を待って身に付けた、そんな悠長なことではなかったと私は考えます。
ここでも又、否応ない急激な環境変化、淘汰圧が想定されます。

4)、最近のゲノム解析で、人間の塩基配列と言うか遺伝子が非常に均質であることが判明しているようです。個体によるバラツキが非常に狭いと言うことです(そもそもこれだけの個体数で、肌の色や色々違うのに、全て単一種だってこともユニークですね)。
野生のチンパンジー等は個体によるバラツキが広いらしい(「ヒトとサルのあいだ」吉田脩二著、25ページ)。

これは何を意味するかと言うと、我々ヒトの祖先が、極めて限られた数の、おそらく数百とかせいぜい数千と言ったレベルの個体数で始まったことを想定させます。
急激な環境変化が起こって、多分大半はその時死んだか生き残れなかった。かろうじて残った、おそらく数百の個体がその環境変化に否応なく急速に適応し、そしてその形質が後の世代に伝わった。少ない個体数はおそらくボトルネックとして作用しただろう。


私はこの環境変化の要因は「水」だと考えています。
水は直立二足歩行の為の、否応無い淘汰圧になります。呼吸の為には直立以外の方法が無く、同時に直立による身体への負担と上記不都合は、水の浮力によって殆ど相殺されます。
そして水は同時に、隔離の機能を持ちます。ボノボがいい例です。


サヘラントロプスが発見されたチャド湖(当時、今の100倍の面積)周辺か、或いはモーガンが想定したダナキル地塊か、兎も角アフリカの激しい地殻変動で、せき止められていた水が一気に低地に流れ込み、かろうじて残った台地状の所で、魚介などを採集しながら直立二足歩行を身に付け、その後(期間は分かりませんが)水が引けるに従い、二本足で各地に放散していった。

放散の過程で、再度樹上への適応を部分的に身に付ける、と言うことも有ったかも知れません。アルディなどはそう言った経過の途上で有ったかも知れない、と考えたりしています。

その災難に出会わなかったかっての仲間は、それまでと変わらず森の中のアチコチで、チンパンジーとボノボへの道を歩んだのでしょう。遺伝子のバラツキもそれで説明できます。
そう言うシナリオを、私は想定しているところです。

しかし、直立二足歩行の契機を、直接立証する化石や物的証拠は実は何も有りません。上記は全て私の「推定」或いは「妄想」に過ぎません。
森の中でも何でもいいのですが、直立2足歩行の契機とメカニズムを、出来たら冷静に、前向きに論じられたらいいな、と思っているところです。「お前が一番行儀が悪いだろう」って、いや、全く。


なお、サンブル・ホミノイド、プロコンスルの件ですが、私は今でも「大差ない」と思っています。これも実物が無い中で推定でしか有りませんが。
ただ長くなってしまいますので、少し整理して又の機会、と言うことでお許し下さい。
 

Classic Tallクラシックトールチェスナット

 投稿者:wang  投稿日:2010年 2月 8日(月)11時13分51秒
  UGG アグ,/Classic Tall クラシックトールチェスナット:
UGG アグ,/Classic Tall クラシックトールチョコレート:
 

自己責任です

 投稿者:バナナ  投稿日:2010年 2月 8日(月)03時58分51秒
編集済
  また、二重投稿です。  

眠れぬ夜に

 投稿者:バナナ  投稿日:2010年 2月 8日(月)03時52分31秒
編集済
  眠れないので、睡眠薬代わりに書きます。
長谷川氏の発言には、驚かされる物ばかりですが、その中でもプレートが時速50〜90kmで
動いたには、それこそ度肝を抜かれました。
だいたい、プレートテクトニクス理論は1960年代後半に提唱されたもので、聖書に書いてあ
るはずがない。
自分達に都合の悪い科学的事実は、適当に取り入れ、創造6000年の考えに合わせ、とんでもない事を仰る。
彼の言う」生物学に関しては、私が素人なのでハッキリ分からないが、プレートテクトニクス理論のメチャクチャさから予想がつく。
さらに、無知を曝け出しているのが、地層に関してである。
まさ海苔さんが紹介された 、理科6年 「地層のでき方と地層の変化」すらまともに知らず、
不整合と言う言葉も知らず、地層間がギザギザと表現したり、こちらが赤面するものである。
何故、激しく長谷川氏を攻撃するかというと、あの排他的、独善的な性格、そして私が少年
の頃トンデモ本を真剣に読み、水の惑星が地球に水をもたらしたとか、南極に地下都市の入り口があるとか、ムー大陸を信じた経験があるので、単に笑いものにしては置けないと感じたからです。この場合は、影響は本だけですが、創造科学の場合は宗教が入って来てもっと強固なマインドコントロールが懸念されます。
実際、あそこに小学生からの投稿がありました。危険な事です。

そろそろ眠くなりました。では、また。
 

二足歩行の起源

 投稿者:shinok30  投稿日:2010年 2月 7日(日)22時26分56秒
編集済
  >これでいわゆる「サバンナ説」、それを洗練化した「イーストサイド・ストーリー」の,
>破綻の確定と、それを前提としたあらゆる「直立二足歩行」起源説の破綻も又、確定したことになります。

以前,
>ヒト起源について
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/5329/1188178955/l50
のスレッドでもで書いたように,
ヒトの二足歩行は樹上生活に対する高度な適応の中から生まれたものなのでしょう

復元されたアルディピテクス・ラミダスの体型は,
樹上ぶら下がり行動(ブランキエーション)にも適応しているように見えます
現生の森林棲の大型類人猿も程度の差こそあれ全てが二足歩行しますし,
やはり,樹上生活に対する高度な適応が二足歩行への前適応となったのだと思いますよ

これまでの化石の証拠から,樹上ぶら下がり行動は
少なくともテナガザルの系統とゴリラ・ヒト・チンプの系統とオランウータンの系統で独立に進化したと考えられていますが,
ヒトの直接の祖先と考えられるアルディピテクス・ラミダス(約440万年前)が樹上ぶら下がり行動に適応していたとすると,
雄さんが上のエントリーで言っていたような
「(ヒトとチンパンジーの共通祖先の可能性も高い)サンブル・ホミノイド(約950万年前)は
 プロコンスル(約1800万年前)と大差ない『原始的な樹上四足歩行者』である」
可能性はかなり低いのではないでしょうか?
 

始めまして

 投稿者:バナナ  投稿日:2010年 2月 7日(日)21時02分50秒
編集済
  雄さん、興味深く読まさせて頂きました。
私は、地質が専門で化石も扱うのですが、地質で扱うのは古い時代のものが多く、今回
のアルディのような物は人類学の範疇になります。
一つの研究に15年以上かけるとは凄い事ですね。
人類学は少し習いましたが(30年前)、習った時と大分違って来ているようです。
此処に来て、まだ日は浅いのですが、皆さん良く勉強されていて、為になります。
今後とも宜しくお願いいたします。
追伸 今朝の連続投稿は、重複投稿の苦肉の策でした。これ以上NATROMさんに迷惑は掛け
れないとの思いからです。もし、この修正投稿が変になっても、自己責任として甘受します。
練習を兼ねての修正です。
 

アルディ

 投稿者:  投稿日:2010年 2月 7日(日)19時49分46秒
編集済
  RE まさ海苔さん

>雄さん もっと顔出してくださいな

重ねがさね有難うございます。
いや、特に意識的に顔出しを控えていた訳では有りませんが、なにぶん人間が未だ出来ていないものですから直ぐカッとなって、各位に失礼な書き込みになってしまいます。


それはそれとして………、
最近のトピックスでの一番の関心事は「アルディ」です。
http://jinmei.hp.infoseek.co.jp/ramidus.html

…と言って、英文の論文を読み下せない私は、新聞報道やWebサイト報道での範囲で後追いしているに過ぎないのですが。

1992年、ティム・ホワイト隊の諏訪元(当時大学院生)氏が、上あごの第3大臼歯の化石を発見したことは承知していました。そしてアウストラロピテクス属とは別にアルディピテクス属を新設した訳です。

しかしその後、今回の発表に繋がる、何よりも同一個体と思われるほぼ全身の骨格化石が発見されているとは、全く知りませんでした。
化石は要するに身体の片側が有れば、反対側を相互に補完できるので、写真を見る限り、ドン・ジョハンソンの、あの有名なルーシー以上の骨が揃っているような印象です。すごいですね。

最初の発見以来、今日までの15年以上の未公表は、実は大分批判も有ったようです。言ってみれば「他人の発見は知りたがるが、自分の発見は隠している」……と。
特に、オロリンの発見者であるM・ピクフォード、B・セヌ辺りから。

そう言った批判を退けて、何より「事実」を真摯に追い求めたホワイト隊の、今回の復元モデルを含めた発表に多いに敬意を表するものです。


これでいわゆる「サバンナ説」、それを洗練化した「イーストサイド・ストーリー」の破綻の確定と、それを前提としたあらゆる「直立二足歩行」起源説の破綻も又、確定したことになります。
 

雄さん もっと顔出してくださいな

 投稿者:まさ海苔  投稿日:2010年 2月 7日(日)16時02分31秒
  創世記第一章 祭祀資料1の1
「神は各種の地の獣と、各種の家畜と、すべての地を這うものを造られた。神はそれをみてよしとされた。」

家畜は人間が作り出したということをせめて知っていれば、こんな恥じはかかなくてすんだものを・・・
 

ダーウィンの子犬さんへ

 投稿者:まさ海苔  投稿日:2010年 2月 7日(日)15時44分48秒
編集済
  ウソも方便・・それこそが最大の欺瞞ではありませんか?
サンタの話は相手が精神的に未発達な子供であり、知識もまだ十分に有していないから、夢を与えると
いうことでそれは良しでしょうが・・・・いい年こいた大人が、社会規範をウソから学ぶなどとは、一体
どういうことでしょうねぇ。
「僕はサンタさんを信じてます。ねぇ僕って心が清らかでしょう」ってまわりに言えば、気持ち悪がられ
るだけだと思いますよ。(笑)

創世記第一章=「生めよ増えよ、この地に満ちよ。あらゆる動物、植物を支配せよ。」これを美徳とする
ことのどこが善なのでしょうか?
第十二章 第二十章 第二十六章 サライの冒険=神による人類救済の出発点として選ばれたアブラハム
は、その神の祝福の元に幾度もエジプトやゲラルに対して神共々、美人局をやって財を成すわけですよ。
息子のイサクもペリシテ人に全く同じことをしてますね。(誓いの井戸より)
こんなことを知られたら、そりゃ創造論者たちは都合が悪いことでしょう。
だから彼らは原点である創世記にはなるべく触れずに済まそうとする。
聖書の中の都合のいい部分だけを、文章的な前後関係を無視して選び出し説教なさる。

>創造論者や創造科学論者を非科学的と非難するのは的はずれ〜彼らは規範を広めるのが目的であり〜

それこそが非科学的なのです。
科学は実証を必要としますが、その『公約』をないがしろにして科学を名乗る創造論は特に非難されて
しかるべきでしょう。

>進化論はかれらの規範(の大部分)に影響しないこと,進化論を認めても権威は失墜しないこと,規範
を広めるのに嘘や間違いを主張するは不要なこと,などを強調した方がよいのではないでしょうか。

それは、多くの進化論者が(と言うより常識を持つ全ての人が)長く言い続けてきたことです。
進化論あるいは科学が、社会規範を乱すかのようによく言われますが、これはまったくのイチャモン。
迷信に囚われた古き伝統的規範は正されていくべきものだと信じます。
 

RE 不都合な真実

 投稿者:  投稿日:2010年 2月 7日(日)15時16分45秒
  ここでも何回か述べているのですが、バチカンが長く進化論を認めずに来たのは、正に旧約聖書の創世記、「神は御自分にかたどって人を創造された」ことに拠るのだと思います。

神にかたどって作られた人間が、若し猿の子孫だと言うことになったら、では元々の鋳型である神は一体どういう存在として考えればいいのか、と言う深刻な論理的帰結を生じるからでしょう。

地動説も、神聖な神の御座所で有る天上世界の不動性を揺るがすものとして、火刑も含む危険思想だった訳ですが、これはもう証拠が挙がりすぎて否定する訳に行かなくなったし、神の存在を直接脅かしかねない進化論に比べれば、未だ妥協出来たんだと思います。


人間が他のサルと同じように体毛がふさふさしていたら、おそらくチンパンジーなどとの縁戚関係が早い段階で想定され、旧約聖書の創世記が成り立っていたかどうか、いささか疑問に思ったりします。
 

不都合な真実

 投稿者:ダーウィンの子犬  投稿日:2010年 2月 7日(日)11時57分9秒
   サンタクロースがプレゼントを配るという異国の風習が日本に広まったのはいつ頃でしょうか。子供は親から「よい子にしているとプレゼントがもらえる,悪い子はプレゼントがもらえない」といわれて育つ(育った)人は結構な数になるでしょう。親から見るとプレゼントをだしに子供に家庭の規範(道徳)を教えていることになります。そのような子供に「サンタさんはパパなんだよ」と真実を教えてしまうと,親も子供も困ることでしょう。もちろん、心ある人であれば真実は教えないでしょう。ましてや,「一晩に一千万人(世界中だともっと多い)の子供に好みのプレゼントを配れるか,トナカイが空を飛ぶか,煙突がないのにどうやって家には入るのか,科学的に間違いだらけだ」などと無粋なことはいわないでしょう。
 元々のサンタはキリスト教系の規範(教義)を教え広めるための象徴・偶像だったのでしょうが,少なくとも日本では教義を広めるという役割はほとんど果たしていないと思います。それに、子供が少し大きくなれば虚構に気づくので,非科学的な心を育てることにはならないでしょう。

 これもある種の人たちには不都合な真実ですが,創造主(キリスト教系の神)も彼ら(キリスト系信徒)が理想とする規範を広めるための象徴・偶像として作られたものでしょう。聖書にあるとおり,人間の姿に似せて作ったのでしょうね。えっ逆だろうって。そう、創造主に似せて人間を作ったと書いてあるそうですが,それは単なる表現の問題です。創造主は象徴・偶像なんだから作った人間に似せたと同意ですね。
 象徴・偶像がどうであれ,彼らの規範の多くの部分は汎人類的なものであり,批判するに当たりません。しかし,他の人たちにとっては許容できない一部の規範があるから批判する人もいるのでしょうし,大きく言えば戦争の要因になっているのでしょう。

 ところで,かつてのキリスト系はダーウィンの進化論を激しく攻撃しました。彼らの規範にとって進化論は何の関係も無そうに見えます。しかし,彼らはそうは考えなかったようです。たとえば『隣人を愛せよ』を取り上げると,文字通りであれば汎人類的な規範です。ところが,この隣人には黒い猿や黄色い猿は含まれていなかったのです。彼らに奉仕するための生き物が同じ人間だとなりかねない進化論は許容できなかったのです。もちろん,この世のすべてを作ったというそれまでの説明が否定される,つまり権威が失墜するのも許せなかったのでしょう。
 同様にかつては地動説が批判されましたが,これは後者の権威の失墜を許せなかったというのが大きな理由でしょう。さすがに,現代では地動説を批判する人は(ほとんど)いませんが,これは地動説を認めても権威の失墜につながらないことを彼らが(長い時間をかけて)学んだためでしょう。

 今や『隣人には黒い猿や黄色い猿は含まれない』という人はいないでしょう(少なくとも表向きには)。だから,進化論を批判する大きな理由はなくなったと思うのですが,いまでも批判者がいます。しかも,『創造論(科学的)再検証会議室』に見られるように日本人(モンゴロイド)にもいるのには少し驚いてしまいます。黄色い猿としては創造論を批判するのが当たり前と思うのですが。少なくとも進化論を否定する理由はないでしょう。もっとも,長谷川氏や斉藤氏がプレゼントを待つ子供の位置づけであればわからないでもないですが。
 ちなみに,アメリカで,しかも南部で創造論や創造科学が支持されるのは過去の人種差別の歴史(進行形かも?)のせいでしょうね。

 さて,この板で創造論あるいは創造科学論が批判されています。進化論批判への批判という面もあるでしょうし,無用な嘘を広めたり,学校教育を否定したりするのは許せないというのもあるでしょう。さらに言えば,特定の人たちの規範を押しつけられるのはたまらないというのもあるでしょう。
 しかし,創造論者や創造科学論者を非科学的と非難するのは的はずれと思います。彼らの言動は彼らの規範を広めるのが目的であり,象徴や偶像が科学的であろうが無かろうが,嘘であろうが誤解であろうがどうでもいいのです。仏教系で言えば『嘘も方便』です。サンタさんの存在を子供に納得させられればよいのと同じですね。
 ということで,(真の)確信犯といえる彼らを批判するのであれば,非科学的なことを責めるのではなく,進化論はかれらの規範(の大部分)に影響しないこと,進化論を認めても権威は失墜しないこと,規範を広めるのに嘘や間違いを主張するは不要なこと,などを強調した方がよいのではないでしょうか。もし,進化論がじゃまになるような規範をいまでも信じているのであれば,そのような規範そのものを批判した方がよいのではないでしょうか。もっとも,方向を変えて批判しても彼らが聞く耳を持つとは限りません。ということは,非科学的云々も含めて多方面からの批判が必要なのでしょう。

 ちなみに,私は無神論者(どちらかといえば反神論者)ですが宗教の規範を全否定するつもりはありません。多くの規範は汎人類的であり,私自身も(不特定多数の)宗教(の規範)から多くの影響を受けています。
 

創造論者

 投稿者:バナナ  投稿日:2010年 2月 7日(日)06時27分27秒
編集済
  キリスト教でも、カトリックは進化論を受け入れているとか。
創造論を言っているのは、アメリカの低学歴が多いらしい。
聞きかじりですが。
 

私も連投

 投稿者:バナナ  投稿日:2010年 2月 7日(日)06時09分50秒
編集済
  エホバの証人、モノミの塔、幸福の科学みんな同じですね。
まだ、日本はキリスト教徒は1%だとか。
せいぜい、頑張ってもらいましょう。
 

6年生からやりな直せ

 投稿者:バナナ  投稿日:2010年 2月 7日(日)06時03分39秒
編集済
  あっはははは、まさ海苔さん、良いものを見せて頂きました。
全く、彼に教えてあげたいですね。
ふむ、きっと義務教育を受けていないのでしょう。
どうやったら、ああ言う大人が育つのでしょうね。
 

3連投

 投稿者:まさ海苔  投稿日:2010年 2月 7日(日)02時33分26秒
編集済
  バナナさん

理科6年 「地層のでき方と地層の変化」です。
http://www.kasugai.ed.jp/jinryo-e/link/link-index/gakusyu-benrilink/rika-link/rika6nen.htm
http://skura.hp.infoseek.co.jp/r01/chi001m.html
あそこの主は義務教育も終えないまま大人になったちゃったんでしょう。
そういう方には何を言ってもムダですよ。
笑われていることを注目されているとカン違いしてるんだし・・
 

続 五戒

 投稿者:まさ海苔  投稿日:2010年 2月 7日(日)01時39分40秒
編集済
  今西ヨイショ組の中原・佐川コンビや一卵性他人の竹内久美子なんぞが、ドーキンスの
利己的遺伝子論をこれまた好き勝手に解釈して事態をややこしくする。
困ったもんだ。
(独り言でした。)
 

碁会

 投稿者:まさ海苔  投稿日:2010年 2月 7日(日)01時18分59秒
編集済
  以下ウィキペディアからの引用です。

『ダーウィンの時代にはダーウィニズムという用語の明確な定義がなかった。
ダーウィンの本来の理論の賛成者も、反対者もそれぞれが望む意味で「ダーウィニズム」を使用した。
エルンスト・ヘッケルはドイツでダーヴィニスムスと呼ばれる概念を提唱したが、スペンサーやゴル
トンと同じようにダーウィンの理論とは表面的な類似性しか持っていなかった。』

『ダーウィニズムは現在の生物学の世界でも複数の異なる意味に使われる。
単に総合説、ネオダーウィニズムを指す場合もあれば、ネオダーウィニズムと対比的にダーウィンが
提唱したオリジナルの学説を指す語としても用いられる。
また遺伝子拡散や遺伝的浮動など新しい概念、中立進化と比較して、自然選択やその結果として起こ
る適応進化を指す場合にも使われる。
適応進化はダーウィン主義的進化と呼ばれることもある。
またラマルキズムや跳躍説、定向進化説などの他の進化の概念と対比して用いられることもある。』

『木村資生が提唱した中立説は、1960年代から1970年代にかけて自然選択説と対立する理論としてセ
ンセーションを巻き起こした。
斎藤成也は1970年代に総合説は中立説に敗れたと述べた。
しかし、提唱者の木村は中立説は自然選択と対立するものではないとし、中立説は総合説の一部とし
て多くの研究者に受け入れられるに至った。
ただし、現在でも中立説が総合説と対立すると考えている研究者もいる。』

〜ということで、
今なお「ダーウィニズム」「自然淘汰」あるいは「自然選択」を論じるときの大きな障害になっていますね。
今西錦司がダーウィンの適応概念を全否定していたのも、自分勝手にダーウィンの主張を解釈したためであ
ったし・・

斎藤成也氏は、進化の原動力を平和的共生であるとする目的進化論を唱えたリン・マーギュリスの影響を
受けすぎているように思えますね。
 

RE:誤解かなー

 投稿者:diamonds8888x  投稿日:2010年 2月 6日(土)06時43分57秒
  >その結果、ミクロでは中立説が定着した。これを私は「分子レベルでは自然選択説が敗北した」と理解して書き込んだつもりなんですが。

 「投稿日:2010年 1月28日(木)17時42分44秒」の「分子のレベルでは中立説がある」ですね。はい間違いではありません。ただ分子レベルでも淘汰による変化はあるので、「自然選択説が敗北」と言い切ると誤解を招きそうではあります。いわゆる「分子レベルにおける自然選択万能説」が敗北したと言うなら誤解されないと思いますが、まあここまで丁寧にことわる言い方をする人もあまり居ませんからねえ。でも単純化した言い方が、もしかして斎藤成也氏のようなまともな研究者の感覚をも微妙に狂わせたのだとしたら、やはり過度の単純化は有害ではないでしょうか。

 そもそも遺伝子の中立な配列がいくら変化しても現環境下での機能は変化していません。それが中立な配列の定義です。当然ながら中立な変化だけでは別の種にもなりませんし、それで進化が起きたとは言えないとも考えられます。しかし中立ないし弱有害で消滅せずにいた遺伝子が環境の変化により有利な変異となって淘汰的な進化を引き起こす、ということは考えられます。つまり、中立説による遺伝的ドリフトの(表現形質の)進化における意義は、本来なら現状で有利な遺伝子に押されて消滅するはずの中立ないし弱有害遺伝子を存続させるところにあると言えるのではないでしょうか。
 

以上は、新着順1番目から30番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
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