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アントニー・フルー

 投稿者:神って誰  投稿日:2017年 3月 5日(日)17時49分15秒
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  を知っているかい?

世界的に影響力のあるな無神論者で50年以上に亘ってその無神論を主張し続けたその人が2004年81歳の時、それまでの無神論を放棄し、世界はデザインされている、と宣言した。
それは研究の進んだ生物のDNAの観察結果が動機なった。
その31億対にも及ぶ4種類の塩基の組合せによる情報処理システムの計算されつくした驚くべき精巧さは、知的な設計者の存在を認める以外に説明のしようがない、と結論した訳だ。
これは明らかに、前提として宗教的背景がないにもかかわらず導かれた結論だ。
81歳で、これまでの主張を完全に放棄するこの態度は、結論に至るのが遅すぎたとはいえ、その勇気は称賛するしかない。

アインシュタインの有名な言葉があるね。
「神はサイコロを振らない」
これは、量子論の主張する確率論的な存在を嫌っての発言だが、前提となっているのは神の存在だ。
「宗教的な神は認めないが、スピノザの神は認める」という発言もしている。
「スピノザの神」とは、理神論的な神だ。
また自身の研究の目的を、神の意図(世界の根源的な数学的記述)を解き明かすことだ、とも述べている。

ノーベル賞の山中教授も、何年か前のテレビ番組の中で、細胞システムン精巧さに関して、「神が作ったと考えざるを得ない」と言う趣旨の発言をしている。

権威に弱い諸君には、朗報だろう。

ここでいう神は、理神論的な神に近い。
ついでに少し理神論について整理しておこう。
理神論のカテゴライズも意外と厄介だ。

理神論は宗教に分類されることもあるが、無神論的立場として紹介されることもある。
実際スピノザの主張は宗教的だ。
まあ基本は、初期創造以後は手を加えていない、一般の宗教が規定するような特定の人格神を想定していない、というものだ。

想定されるデザイナーは理神論の神に確かに近いが、微妙に違うと言えば違うね。
これはまた後で触れるが。

先程書いたように、ID論には大まかに言って2つの道筋がある。

宗教的な背景があるかないか、言い方を変えれば、出発点が宗教か否か。
(まあ逆の道筋もあるかもしれないが)
こちらの立場がどの辺りにあるのか、いくらなんでもさすがに大凡の見当はつくだろう。
次はロジックの話だ。
 
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