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そのような未知のメカニズムを解明する過程だ。
まだこの現実世界には、膨大な未知のメカニズムが科学による解明を待っている。
この現実世界、つまり宇宙を構成し、人間をはじめとする生命体がの存在を可能たらしめる極めて精巧なシステム、絶妙なバランス、ファインチューニングの極致。
ビッグバンが完全な無から始まったのか、その前には時間すらも存在しなかったのか。
量子論的に完全な無は存在しない、真空のゆらぎがビッグバンの発生原因だ、とも言われるが、あくまで仮説。
(揺らぎに時間は無いのかね)
相対論的には時間も空間との相関関係の中でしか存在しない。
最初の一撃が何かあったのか。
宇宙の誕生を考えた場合、設計者が不可欠と考えるのは、やや決め手に欠ける。
仮に百万歩譲ってたまたまこの宇宙が生まれたとしよう。
だが、生命体の誕生とその進化を、偶々である(自然選択説のように)とは、どうしても考える訳にはいかないのは、これまで.書いてきた通りだ。
そこにどうしても設計者の介在を想定するしかない。
であるなら、それはそのまま宇宙誕生まで遡ることになる。
提唱したいのは、発想の転換。
科学は、設計者の設計意図を読み解く過程だ、と言う前提。
唯物論者は目を?くだろうが、これは科学の効率の為でもある。
科学の手法自体は変える必要はない。
事実の検証だ。
科学におけるあらゆる仮説は事実の前に膝を屈する。
これが科学の揺るがすことの出来ない大前提。
相対論ですら、今なお観測による検証が続けられている。
(今までのところすべての観測結果はその正しさを立証している)
だがその相対論も、極小世界を説明することはできない。
それは量子論に拠らなければならない。
アインシュタインは、この世界全てを記述できる神の方程式(!)を探し求めたが、結局成功しなかった。
もっともその念頭にあったのは重力と電磁気力の統一で、現代科学の認知レベルとはそもそも隔たりがあった訳だが。
でももし仮に、この世界を統一的に全て記述できる方程式が発見されたとしたら、全ての謎が解明されたことになるだろうか?
=to be continued=
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