投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 全力全開(0)
  2. ぽろりっ(0)
スレッド一覧(全2)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


オドロクベキ

 投稿者:神って誰  投稿日:2018年 4月18日(水)09時35分48秒
  ム理解ww

>す べ て が バランスを取りながら変化しなければならないということを否定しているだけです。

キリンにしろオカピにしろダックスフントにしろ、その形態で体の全ての機能のバランスが取れているからこそ生存している。

いくら胴が長かったり脚が短かったりでプロポーションがヘンだからってそれは見た目の印象で、そのプロポーションで生命維持機構のスベテがバランスしてるからこそ生存している。

オドロクベキ生命維持のシステムにカンするムチの齎すカンンチガイwww

 

バズーカさんへ

 投稿者:ミケ  投稿日:2018年 4月18日(水)02時30分30秒
編集済
  私としては、
きちんと全体像を理解してもらってから質問してもらったほうがラクですが
今のように「ここが分からない」と疑問点を逐一質問してくださるなら別にどっちでも構いません。
(ただし答えるのに時間がかかったり、長文になったりします)
きちんと納得いくまで質問していただくのならば、単に早いか遅いかの違いです。

全体像を掴んでから質問してくださったほうが、きっと結果的には早いと思いますが、
質問しながら全体像を掴んでいくのも、きちんと頭に定着するというメリットがあるかと思います。

ついでなので
>えっ・・・・
>バランス・・否定してませんでしたか???

にだけ先にお答えしますと、

>"すべてが(遺伝子の連携を取りながら)同時進行で変化する必要”がないことを
>物語っているわけです。
と書いた
その投稿に既に

>さらに、実は同時並行的に協調しながら進化するのも別に難しい話ではなく

と書いています。
いくつかの性質がバランスを取りながら変化していることを否定しているのではなく、

す べ て が バランスを取りながら変化しなければならないということを否定しているだけです。

・多少バランスが崩れても平気なので、(いくつかの性質が)バランスを取りながら変化することは不可能ではない。
・すべての性質が同時進行で変化しているわけではない。(オカピの例ほか)

これは両立することです。
 

ふーん

 投稿者:神って誰  投稿日:2018年 4月17日(火)23時05分36秒
  >食道と気管は成人は1つになってるけど、赤ちゃんはべっこになってるし。
赤ちゃんの骨は複数に分裂してるから、成人と比べると100個以上骨の数に
違いがあることとか、頭蓋骨は4つに分けられていること、全体的に軟骨でできてる
こととか・・脳と目は発達するのが遅いから先に大きめにできてることとか・・・

スゴイね!!

この発生のカテイの周到なジュンビ具合、自然選択にコシツする一途なシンジャ達はツドツド選択されたとでもユーのかしらwww
 

(無題)

 投稿者:バズーカ  投稿日:2018年 4月17日(火)22時11分31秒
  ちゃんと下から読んでる。今ね、9か10番くらい・・だと思う。

上まで読んでから、ミケさんとお話したほうがいいですか??
 

私もヨコですが手短に

 投稿者:ゲジゲジ  投稿日:2018年 4月17日(火)21時52分53秒
  バズーカ様

まずはダーウィンの子犬様ご紹介のサイトを読んで、進化論(特にダーウィニズム)の考え方の全体像を理解した方が良いと思います。
私がデザイナーと自然選択の説明を保留した理由も、そこにあります。

3.意思で進化するという幻想
31.ダーウィニズムNEO!
32.キリンは完全体か

辺りに、バズーカ様が疑問に思われている事と関連しそうな内容が書かれています。
(但し上記だけ読むのではなく、1から流れを追って読んだ方が良いです。)

まずは全体を俯瞰的に理解してください。
詳細や少し特殊な事例はそれからにした方が良いです。
 

ヨコですがひと言だけ

 投稿者:GB  投稿日:2018年 4月17日(火)21時32分16秒
編集済
  >これは、クジャク自身が変化できるってことでしょう??

長い時間をかけた世代交代を通して、自然選択(性選択を含む)が働いて、ですね。
 

ミケさん  1ー

 投稿者:バズーカ  投稿日:2018年 4月17日(火)21時16分36秒
編集済
  えっ・・・・
バランス・・否定してませんでしたか???

「"すべてが(遺伝子の連携を取りながら)同時進行で変化する必要”がないことを
物語っているわけです。
半端にしか揃っていないオカピが生存できているわけですからね」
って神って誰さんに言ってたでしょう・・?

ダーウィンの子犬さんの投稿、読みましたけど・・2mの大男と赤ちゃん比べるのか
わかんない・・身体の構造違くない?
食道と気管は成人は1つになってるけど、赤ちゃんはべっこになってるし。
赤ちゃんの骨は複数に分裂してるから、成人と比べると100個以上骨の数に
違いがあることとか、頭蓋骨は4つに分けられていること、全体的に軟骨でできてる
こととか・・脳と目は発達するのが遅いから先に大きめにできてることとか・・・
もぉ・・なんて計算しつくされて生まれてくるのだろ  って思っ・・

話ずれてるわw・・・・ごめんなさい

「現在でも、オスのほうがメスより首が長い等の差があるわけでして・・・」

そうですね。

キリンのオス・・・4.3~5.7m         800~1930kg
キリンのメス・・・3.9~4.5m         550~1180kg
ちなみにキリンの赤ちゃんは、1.7~2.0m

メスよりもオスの方が大きいし、個体差もあります。
あの・・・この差って、バランスの崩れからなの・・・?

「多少の変化でバランスが崩れないため」

もちろん崩れない程度の変化はあると思います。

「クジャク」

クジャクの羽に関してはいろいろあるみたいですね。

クジャク、繁殖時期にまわりにいるものを羽を広げて「あっちいって!」って追い払うか
ら、威嚇の意味も持ってるってずっと思ってた。んー・・今でもちょっと思ってるw

あれ、でも実際は、メスにモテるクジャクはオスの羽ではなく声だったんでしょう??

「有利さと不利さの釣り合うところで、羽の長さの伸びは停滞します。
あるいは、不利なほどに伸びすぎれば短くなる方向に変化します」

次に生えてくるときに、短くできるんだ。だって1回生えてきたものは短くならない
ものね。
これは、クジャク自身が変化できるってことでしょう??

「生き残るための性質のメリット」ってなんですか??

「イヌの遺伝子が変化しやすい」

"ペットクリニック"見た見た!!
ちなみに、あと2つくらいありました。
変化しやすい遺伝子は、オオカミも持っていたので、イヌはその遺伝子を受け継
いでーなんちゃらかんちゃらー・・みたいなことも書かれてたです。

ペットクリニックだし、動物のことは知ってるはずだから正しいのでは・・と思った。

「眉唾」の理由をできれば教えて欲しいです。
 

それと

 投稿者:神って誰  投稿日:2018年 4月17日(火)12時37分48秒
編集済
  またツイデの話だけど、ギロンが基本的に噛み合っておらず、内容もトテモ時代がかっていて、21世紀のゲンダイの話題とはとても思えないww

ホトンド趣味のセカイだよネ(笑)


マー、シンカ論も似たトコあるケドwww
 

今更ナガラ

 投稿者:神って誰  投稿日:2018年 4月16日(月)10時30分21秒
  だけど、

>自然発生し進化論的(ここが不明瞭)な進化をし、高度のテクノロジーを持ち、地球の生物の進化に所々関与した。といった感じでしょうか?

コレは言うまでもなくIDではなくて地球外生命体のハナシww

この混同がスーっと続いてセイリ出来ないママになってるんで、IDの議論になるハズもない笑

マーそれが愉しいのかネwww
 

ゲジゲジさん

 投稿者: Know thyself  投稿日:2018年 4月16日(月)01時04分24秒
  初めましてです!

>余計な事かもしれませんが私が認識している限りにて・・・

ありがとうございます。助かりました~。

>進化に関するダーウィニズムの見解に同意されています。
>① 現在、観察されている進化は自然選択または人為選択によるものである。
>② 人間が介在していない進化の中で、自然選択では説明できないものがある。
>③ ①から、②が人間以外の知的生命(ID)が進化に介入した根拠になるのではないか?
>④ IDは人間以外の知的生命であり、所謂「神」の様な不可知な存在ではない。
>⑤ IDが進化に介在した方法は、人間が行って来た育種や遺伝子操作と同じものである。

つまりKenさんにとってのIDとは、
自然発生し進化論的(ここが不明瞭)な進化をし、高度のテクノロジーを持ち、地球の生物の進化に所々関与した。といった感じでしょうか?
この場合進化論自体を否定する必要はありませんね。
ただ、遺伝子組み換えなどを行ったのであれば、進化論では説明できない進化もあるでしょうし、テクノロジーが完全でなければ意図しない進化(淘汰されてなければ)もあったかもしれない、といった認識をしておきます。
恐竜から鳥への移行も、遺伝子組み換えによる急激な進化か、中途半端な翼の移行段階で保護していたか、などといった論になるのでしょうか。

私は恐竜から鳥への移行の知識もありますし、ゲジゲジさんと同じ認識です。

進化論では説明できない、の証明方法が…
還元不能の複雑性ですと、鞭毛の進化経路がある程度のわかったことによって、同じ論法を使うわけにもいかないと思いますし…
あとはKenさんのなかで、進化論とID論が二者択一の理論になってしまっているのが問題かな、と…

参考になりました。ゲジゲジさん、ありがとうございます。
 

Kenさん

 投稿者: Know thyself  投稿日:2018年 4月16日(月)00時40分27秒
  私も議論をするつもりはありません。ですので返信などの必要はありません。気にしないでください。
ただ、理解のために、どのような主張からの投稿なのかをお訊きしたかったのですが、ゲジゲジさんが答えてくれました。

文章量を気にして詳しく書けなかったので一応。
ブラックホール内部の蓋然性では、検証、というよりも、そもそも存在するのか、といったところに重きを置いています。
仮に、内部が存在するか否かが明確ではなくても、ブラックホール自体が存在しているので、ブラックホール自体を突き詰めれば必然的に検証されると思っています。
技術や能力不足による検証不可能性は疑似科学の要因だとは思っていません。

私は、蓋然性の極めて低い仮説に、肯定的な証拠のない仮説、否定された仮説を平等に置いています。
そのうえで証拠がないにも関わらず正しいと主張することなどが、疑似科学と呼ばれる要因ではないかと。
前回の投稿で挙げた9項目も、反証不可能などに加え、主に主張する陣営側の姿勢を批判したものでした。
とはいえ本来、人の姿勢が科学理論に影響することはないのですが…。ですので、疑似科学という判定が必要だとは、私は思っていません。
私のスタンスはこんなところですかね。

実は、科学の方法論を哲学的に議論するとなれば、非常に科学側の分が悪いんです…。
私がよく使う蓋然性も、主観によって左右されるものですし、
帰納法の有用性を証明する論もなくてですね、帰納法を帰納法で証明するわけにもいきませんし…。
ポパーの反証不可能性がそもそも反証不可能だったりしますし…。
それらが高じて、方法論的虚無主義という立場があるくらいですから…。

本格的に進化論とID論の議論をするときは、興味がありますのでこちらに戻ってきてくださいね。
 

マタモヤ

 投稿者:神って誰  投稿日:2018年 4月15日(日)23時20分24秒
  言わざるをエナイ笑

消去法すらマンゾクに理解できないニブイ感性とユルイアタマでは、イツまで経っても総合説にオケル自然選択のロジックのコンポンがドーしても明確にリカイするコトがデキナい笑

ユエにその持つムジュンの由来がドーしてもボーっとしたアタマの中に入ってイカナイwww
 

モー白旗w

 投稿者:神って誰  投稿日:2018年 4月15日(日)23時11分27秒
  >はい、トチュウでは逃げません。サイショから逃げます。アイテするのメンドウだから。

ダッタラ最初から名指しでテキトーな事書かないコトだネwww

ツイデだから名指されてないが、

>自然選択説に基づいて当然の結果です。

マタよくテキトーにカクねwww
何処がドー当然なのか、またショーサイな説明を求めてもドーセ出来ないクセによく言うワ笑

>同じ淘汰圧

ドーユー淘汰圧よ??www

 

わたしもそう思います

 投稿者:とりあえず  投稿日:2018年 4月15日(日)23時01分11秒
  ゲジゲジ様

>ここは12のフラスコで収斂進化が起こったと考えた方が適当ではないでしょうか?

仰る通り私も収斂だと思います。
単なる環境への応答としての表現型の変異が生じ長らく継続した後に遺伝的にも固定されたんだろうなぁ、と言う考えです。
細胞サイズの変化のような環境によって容易に変異できる表現型は選択され続けることにより遺伝的固定が起こり易いですから。
単純な環境への応答とその選別によって結果的に12の系統で同様の変異が固定されたと考えてます。
説明がアレでしたが仰る通り自然選択に基づいた特に不思議でもない結果と私も思っています。
彼がそこまでこの結果に粘着する意味があまり分からないのが正直なところです。

例えがアレでしたかね?
 

科学

 投稿者:GB  投稿日:2018年 4月15日(日)22時42分56秒
  >科学的手法というものが人類史の中でどのように発達してきたかという話

なぜ帰納が必要なのか、という話の基礎には「人の認識能力を疑う」態度があり、
ベーコンからヒューム、カントの思想系列で明快ですね。

神のテストは信念の中の合理性というだけで、近代以降のサイエンスとは関わりがありません。
 

科学手法発達史

 投稿者:Ken  投稿日:2018年 4月15日(日)22時01分48秒
  疑似科学を論じる場が第3掲示板へ移るということなので、それを待つ間に、科学的手法というものが人類史の中でどのように発達してきたかという話をしてみようと思います。もちろん、私(Ken)自身がこのように理解しているということなのですが、情報源の大半を占めるのは、わが尊敬するアイザック・アジモフ先生の著書になります。

Asimov's Biography Encyclopedia of Science and Technology
Asimov's Chronology of the World
Asimov's Guide to Science
Asimov's Guide to the Bible
How Did We Find Out About~~~(シリーズ)

残念ながらアジモフの解説書・教養書は小説のようにもれなく邦訳されておらず、上記の著書の日本語版も私は見たことがないのですが。


(1)近代の科学

近代科学が古代ギリシャ以来の科学と決定的に異なるのは観察と実験を重視したことです。アリストテレスに代表されるギリシャ科学が演繹を主にしたのに近代科学は帰納を主にしました。思想史の中でその重要性を最初に主張したのは13世紀のロジャー・ベーコンとされ、HGウェルズなどは1920年に発表した世界通史で、ガリレオ、ニュートン、ラボワジエ、パスツールといった科学史の巨人以上にベーコンを評価しているくらいです。

古代ギリシャの科学が演繹(思索)を重視し、帰納(観察)を軽視したのは、幾何学の大成功にギリシャ人が満足し、同じ手法が万能と考えたからではないか、とアジモフは考察しています。なるほど幾何学なら、演繹的に導けないものを観察に基づく公理にするとはいえ、そのような公理は極限まで減らし、公理から演繹する定理を最大限に増やすことを目指します。同じ考えを自然科学に適用すれば、観察や実験などは必要最小限に抑えるべきという思想になることでしょう。そもそもギリシャ人は、プラトンなどが典型ですが、調和の天空と混乱の地上を対比させていたので、地上で起こることを観察しても考えが乱れるばかりで真実にはいたれないと考えたのです。

ただし古代ギリシャにもアルキメデスに代表される観察型の科学者はいたし、むしろ同時代の世界のどこと比べても、近代的な意味での科学も進んでいたのですが、彼らはギリシャ文明の中で主流にはなれませんでした。アルキメデスにしても、彼自身の著作として伝わるのは、数学のような演繹的なものばかりだとアジモフはいいます。そのとおりなら、比重を発見した有名な「ユーレカ」も周囲の人が語り伝えたエピソードなのでしょうね。

不運も重なりました。プラトンやアリストテレスがギリシャ自体の絶頂期を生きたのに、アルキメデスが生きたのはその衰退期だったのです。アレクサンダー大王の教師だったアリストテレスとローマの征服軍に殺害されたアルキメデスの運命はそれを象徴しているともいえます。

ギリシャ以来の伝統を破り、観察と実験から帰納することを最初に主張したのはベーコンですが、本格的に実行したのはなんといってもガリレオでしょう。ガリレオといえば、物体は重さに関係なく同じ速さで落ちるという実験が有名ですが、それは1つの事例であって、より重要なことは彼が「時間」を因子とした最初の科学者であったことです。運動の科学がこの時に誕生しました。振り子の等時性もガリレオの発見です。

とりわけガリレオの功績の最たるものは、ギリシャ以来の演繹に基づいて真理とされてきたことに、観察・実験の結果をもって挑戦したことでしょう。それまでは、理論と現実が合わないのは現実が不完全だからという考えが主流でした。なるほど幾何学では2本の平行線は無限に交わらないといいますが、現実世界ではどれだけ精密な定規を使っても完全な平行線を描くことはできず、結局は交わってしまいます。これと同じ考えがあらゆる自然科学にも適用されていました。それがガリレオ以降は現実と合わない理論の方が間違っているという考えが支配します。観察や実験だけならガリレオ以前にもやった人がいたでしょうけど、このようなパラダイムシフトは起こせませんでした。


さて、初めに現実の観察がありそこから理論を帰納する近代科学が成立して四百年近くが経ち、多くの観察から多くの理論が構築されてきました。その量が膨大になり質が複雑になった結果、1つの問題が生じています。

それは科学を学ぶ人にとって、学ぶべきことがあまりに多くかつ複雑になった結果、科学の正しいステップを踏む余裕がなくなったことです。私の学生時代もその典型でした。本来なら、物理学にせよ、有機化学にせよ、DNAの働きにせよ、教わった理論を疑ってかかり、検証するのが正しいステップのはずですが、そんなことをしていたら授業についてゆけなくなる。しかもその傾向は高等教育に進むほど強くなります。一般には、中学や高校で教わる内容より大学で教わる内容の方が歴史的に新しい発見で、それだけ疑うべきはずであるのに。例えば力学を学ぶ大学生が、減衰系の強制振動なんかを教科書で読んだら、数式を追いかけるだけで疲労困憊、最後まで辿り着いた時は精も根も尽き果て、学んだことを疑って検証するどころではありません。しかも新しい項目は次々と現れるし、試験は容赦なくやってくるのです。

こうなると学生は(社会人も?)否応無くギリシャ時代に「先祖がえり」して、理論ばかりを詰め込み、理論と合わない現実に遭遇しても理論を信じるしかなくなります。しかも結局はその方が正しいケースが圧倒的に多いのですから、ベーコン、ガリレオ以来の近代科学の手法は万人に支持されたままで、現実から消滅するかもしれません。

アジモフ先生などはそのことを憂いていました。そのことへのアジモフなりの解答として、彼の科学解説書はほとんどが歴史書の形体をとっています。例えば宇宙の話をするにも、いきなり最新の宇宙論を述べるのでなく、古代エジプトやバビロニアの天文学から説き起こし、エラトステネス、アリスタルコス、プトレマイオス、ティコ、ケプラー、ガリレオ、ハレー、ハッブル、ガモフ、アインシュタインそしてホーキングなどの事跡を紹介する形で現在の宇宙論が形成されてきた過程を語るのです。最新理論だけを知りたい人には回りくどいと思われるのでしょうけど、科学のあるべき姿を理解するにはどうしても必要と考えたのでしょう。



(2)ギリシャの科学

古代文明の金字塔というべきギリシャの科学はいつどのように成立したのか? 真の起源はだれにも分からないにせよ、私たちが知る歴史では、その開祖はタレスでしょう。紀元前600年ごろ現在のトルコ領小アジアに住んでいました。タレスは幾何学を学問として興し、電気と磁気の現象を研究し、バビロニアの天文学をギリシャ世界に紹介し、万物の根源物質は水であると主張した人物として伝わっていますが、彼とその学派の最大の功績は、この世の森羅万象は神や悪魔の恣意的な決定ではなく、人間にも理解可能な言葉で表現できる法にしたがうという考えを始めたことでした。思想としての科学の誕生といってよいでしょう。

タレスたちは神を否定したわけではありませんが、造物主の神といえどもその法には従うのです。タレスの思想を継承したのが前500年頃活動したヘラクレイトスで、世界を創った合理的な理論をロゴスと呼称しました。ロゴス(logos)は知識の体系でもあり、例えば、生物(bio)の知識体系をバイオロジー(biology)、大地(geo)の知識体系をジオロジー(geology)というように、現代の科学用語にまで影響を与えています。

おそらく現実の古代ギリシャでは、ロゴスに従う神も、従わず自由にふるまう神も、両方が信じられていたはずです。神託を受けるデルファイ神官などがいたのは、ロゴスだけでは神の意思は分からないと思われたからでしょうから。それでも、人間が理解できる法に神が従うという思想は、同時代の、というよりずっと後世まで見ても、世界のどこにもない特徴でした。西洋世界にこのような思想があったことは、社会を統治する原理としての「法の支配」が同じく西洋で成立したことと関連があるのかもしれません。

自然界でおこることがロゴスに従うという発想があれば、そのロゴスを、つまり現代でいうところの科学理論を、求めようとするのが人間です。

例えば、古代エジプト人は長い紐に結び目を作る形で12等分し、それで1辺の長さが3と4と5の三角形を作ると長さ3と4の間に直角ができることを経験的に知っており、測量に実用していました。これを知ったギリシャ人は、なぜそうなるのか、その事実の背後にある理論(ロゴス)を明らかにしようとしました。その成果がピタゴラスの定理です。直角をはさむ2辺の2乗の和は斜辺の2乗と必ず等しくなる。3と4と5は1例にすぎず、5と12と13でも、7と24と25でもそうなる。大切なのは数字の組み合わせではなく普遍的な理論なのです。

ロゴス思想に始まるギリシャ科学は大きく発展し、そのまま近代に進む可能性があったかもしれませんが、そうはなりませんでした。上で述べたように演繹ばかりを重視し帰納を軽視(というより排除)するのでは限界があったことでしょう。さらには万物を支配するロゴスへの信頼と畏怖が極大化した結果、ロゴスとは実はそれ自体が意思を持つ神であるという、本末転倒な発想が現れたのです。ギリシャでもそれがありましたが、ギリシャ文明の影響を受けた地域でそういう考えが発達し、やがてはギリシャやローマに影響を与えるまでになったのです。それは独特の宗教をもつユダヤの地でした。

いうまでも無く、ユダヤには昔から「聖書の神」の信仰がありました。アレクサンダーの征服でギリシャ文明が伝わると、いわゆるヘレニズム文化の影響を強く受け、ギリシャ思想とユダヤ思想を習合させる試みが行われます。奈良時代の日本でも外来の仏と日本神話の神が習合しましたが、紀元前後のユダヤでも同じことが起こり、聖書の神とロゴスは同じ存在であるという思想が現れるのです。タレスやヘラクレイトスが聞いたら腰を抜かしたに相違ありません。いやモーセやイザヤのような聖書の神の「預言者」が聞いても神への冒涜として怒り狂ったことでしょう。

このような「ロゴス=聖書の神」の思想を明確に語るのが、新約聖書です。

~そして言葉は肉となり、我らの間に居住した~ (ヨハネによる福音書 1章14節)

新約聖書の原文はギリシャ語で書かれていますが、ここでいう「言葉」がロゴスのことです。「肉」というのは現世の肉体のこと。人間の肉体をもって地上世界に現れた神の子イエス・キリストを指すのはいうまでもありません。「言葉が肉となった」とは「神が人間の肉体をもった」という意味なのです。これがキリスト教の思想としてギリシャやローマに逆輸入され、その後の西洋思想を支配しました。

ギリシャ科学を興したロゴスも、こうなると科学のための何の役にも立ちません。近代科学はギリシャの演繹主義を克服することで成立したと上で書きましたが、そのギリシャ科学自体も長く忘れられていました。近代の科学は、ギリシャ科学を復活させる第1段階とギリシャ科学を克服する第2段階を経て成立したといえます。



(3)最初の科学者

では歴史に残る最初の科学者はタレスなのか?

アジモフなどはそう考えていたように思われます。でも私はタレスより3世紀ほど昔のある人物を挙げたいと思います。ここまでは、主にアジモフの考えを私が解釈した内容で書いてきましたが、この1節は、アジモフの著書から情報を得ていますが、考えは私自身のものです。紹介するエピソードは旧約聖書の列王記第一書に記載があります。

~古代イスラエルのアハブ王は神(聖書の神)に背き、邪神バアルを信仰していた。神(聖書の神)の預言者エリヤは、バアルの司祭たちと彼がそれぞれの神に祈り、どちらの神が奇跡を起こすか競うことを申し出、アハブ王の許可を得た。両者の対決はカルメル山で実現し、エリヤの勝利に終わった。バアルの司祭たちがいくら祈っても何も起こらないのに、エリヤが神(聖書の神)に祈ると、祭壇に天から火が降った。勝ったエリヤはバアルの司祭たちを処刑した~ (列王記一 18章)

私が感銘を受けたのはアハブ王がそのような対決を許可したことです。彼は、どちらの神が本物か実験で確かめようとしたのです。

現代の私たちが古代人の心境を推し量るのは難しいことですが、諸文献から分かるのは、当時の人にとって信仰は命がけだったということです。神に背くことはもちろん、わずかでも神を疑っただけで神罰で病気になったり命を落とすという話が、旧約聖書にも他の神話にもふんだんにあります。アハブ王はそのような文化の中で生きていた人であり、バアルを信仰していたにも関わらず、その神をテストしたのです。しかも別の神と競わせることで。もしバアルが真の神なら、疑った王自身が最も悲惨な死に方をすると恐れたことでしょう。それでもアハブは実験に踏み切りました。

この話には背景があり、そのころイスラエル王国は旱魃に悩まされていました。雨を呼ぶには神に祈るのが当時の慣わしで、当然アハブはバアルに向けて雨乞いをするはずでした。しかしエリヤの説得を聞いた彼は、もしかしたらエリヤの神の方が王国に雨を降らせてくれるかもしれないという気持ちを生じたのでしょう。国のため、人民のため、アハブは危険を冒す決断をしたのです。これは、例えていえば、近代の医学者が新しい治療法を自分の肉体で試すのに匹敵する勇気というべきです。ジェンナーは子供で華岡青洲は妻の体でテストをしましたが、アハブ王は彼自身を危険にさらしたというべきでしょう。

神(聖書の神)の奇跡を目撃したアハブは一旦はエリヤに従い、バアルの司祭たちの処刑も認めましたが、あくまでもバアルを信じるイゼベル王妃に説得されてバアル信仰に戻り、エリヤは亡命しました。そのせいでアハブは、福音書に登場するヘロデと並んで、バイブル中の悪王の双璧のようにいわれています。しかしながら、彼の王としての実績を客観的に見ると、むしろ優れた君主であったことが伺えるのです。

このころイスラエル王国は北方のアラム人に攻められ、首都を包囲される苦境に陥りました。ここでアハブは出征してアラム軍を打ち破り、国難を救ったのです。アハブはさらに勝利を重ねアラム人の国を逆に追い込みましたが、異教徒アラム人を滅ぼせという神(聖書の神)の預言者たちをしりぞけ、むしろ同盟国として残す政策をとり、このことが次なる国難を救うことになります。このころ、後に覇者となるアッシリア帝国がすでに興隆しており、イスラエルにも征服の手を伸ばしてきましたが、イスラエルとアラムの連合軍がカルカルの戦いでアッシリアを阻止しました。アハブの国はしばらく安泰でしたが、息子の時代に逆臣に簒奪され王家が倒れます。その後のイスラエルはアッシリアの属国に成り下がり、アハブの死後約130年で滅亡します。

記録に残る最初の実験を行ったアハブは、当時では合理主義者だったにちがいなく、だからこそ君主として優れた仕事ができたのでしょう。私としては、人類最初の科学者の称号は、この「稀代の悪王」に与えたいと思います。
 

マルチで行きます

 投稿者:ゲジゲジ  投稿日:2018年 4月15日(日)21時43分5秒
  バズーカ様
 >てか、
 >「バズーカ様へヨコからですが」
 >って書いてるけど・・・私にじゃなくって神って誰さんへですよね・・ww
いいえ。
バズーカ様に対して、神って誰様の発言を真に受けないように進言したつもりです。
しかし彼の発言が間違っていますと言っても、どこがどう間違っているのか具体的に示す必要がありましたので、そうすると彼へのコメントのように読み取れてしまうのは仕方のない事かと思います。

 >ダーウィンの子犬さんが教えてくれたサイトは、少しずつ読んでいます。
今更ですし、余計な事だったらすみません。
このサイト、番号に従って下から順に読むようになっています。





カタカナ愛好者様
基本、スルーする事にしていますが今回はまぁ特別に。

 >イッセイでない、じゃカテイをショウサイに説明してもらおうかwww
 >具体的にナニがイツどーヘンイしていったんだ??
ミケ様の4月12日(木)の投稿の通りです。私から改めて説明するまでもありません。

 >トチュウで逃げるなヨwww
はい、トチュウでは逃げません。サイショから逃げます。アイテするのメンドウだから。





とりあえず様
 >全てのフラスコで大型化は同様の突然変異が奇跡的にも12か所で同時に~と言ったもの、
 >と言うよりより単純な環境への応答とその選別ってだけだと思います。
 >江戸時代より現代人の方が体格がイイってのと同じような問題じゃないでしょうかね。

ここは違うと思います。
ダーウィンの子犬様ご紹介のサイトにもこう書いてあります。
 >この実験で分かることは、(略)初期値やその環境が同じならば、
 >それぞれのコロニーが辿った進化の細かな過程の差はともかく傾向も似通ったものになる
 >(略)
 >細胞の大きさが大きくなる急激な進化は大体2000世代までで大体終了し

2000世代(人間で言えば1世代20年として4万年)に渡る変化ですから、ここは12のフラスコで収斂進化が起こったと考えた方が適当ではないでしょうか?
「突然変異が奇跡的にも12か所で同時に~」と言うより、環境が同じで同じ淘汰圧が働くので、同じ様な突然変異が選択されて同じ様な方向に進化した。
自然選択説に基づいて当然の結果です。





Know thyself様
コメントするのは「初めまして」ですね。
 >最近この掲示板を見たばかりですので、Kenさんの主張を捉えきれていません。
 >ID論のほうの主張に興味があります。簡単でいいですので、お手数ですがまとめてくれませんか?

Ken様がdiamonds8888x様以外には回答できないとの事ですので、余計な事かもしれませんが私が認識している限りにて・・・

Ken様は基本的に、進化に関するダーウィニズムの見解に同意されています。
その上で・・・

① 現在、観察されている進化は自然選択または人為選択によるものである。
② 人間が介在していない進化の中で、自然選択では説明できないものがある。
③ ①から、②が人間以外の知的生命(ID)が進化に介入した根拠になるのではないか?
④ IDは人間以外の知的生命であり、所謂「神」の様な不可知な存在ではない。
⑤ IDが進化に介在した方法は、人間が行って来た育種や遺伝子操作と同じものである。

私としては彼の①と③の認識は間違っていると思いますし、過去にその様な指摘もしましたが、彼としてはdiamonds8888x様との議論に集中したい、との事でした。

②について、彼は「自然選択では説明できない進化」の具体例として、6年ほど前に恐竜から鳥への進化を挙げていました。
中途半端な翼では生存上不利にしかならないのではないか?と。
私を含め当時の常連メンバーが、鳥の進化は自然選択で十分に説明できる(中途半端と思われる翼でもディスプレイや抱卵などで役に立つ)と説明したのですが、それで納得したのかどうかは分かりません。

数ヶ月前にこの掲示板に復帰されてからは、②の具体例を提示されていません。
強いて言えば、トウモロコシは自然選択で説明できるか?というような事を仰っていました。

私が認識している限りはこんなところですが、参考になれば・・・
 

diamonds8888xさん

 投稿者:Ken  投稿日:2018年 4月15日(日)15時51分19秒
  読んではいるし、回答をしたい、もしくは反論をしたいと思うこともしばしばなのですが、もし本格的な議論になったら最後まで続ける自信がないので、沈黙をすることになります。

申し訳ありませんが、これが私(Ken)の限界です。

今、ちょっとした文章を発表しようとして書いています。こういうことなら議論の合間にできるのですが。
 

消去法の適用例?

 投稿者:diamonds8888x  投稿日:2018年 4月15日(日)14時13分15秒
   既知の自然現象ではいずれも説明困難である。となると如何に信じがたいものでも宇宙人仮説が・・。

 謎のボヤジアン星[日経サイエンス2017/10][英文と日本語訳]。

 とはいえ、宇宙人仮説が絶対に正しいと断言している科学者はいません。

 それにこの場合の宇宙人仮説は、さほど信じがたい仮説でもありません。恒星の光を変えるほどの高度文明が、地球文明と同時期に大宇宙のどこかに存在する蓋然性というのは未だ不明ですから。
 

腑に落ちたので、これだけは

 投稿者:diamonds8888x  投稿日:2018年 4月15日(日)14時10分0秒
  ミケさん

>大体において
>その仮説の提唱者が、
>仮説の提唱だけでなく、その検証が済んだと主張しており、
>その仮説が正しいと科学的に結論づけられていることを装っているケース
>ではないでしょうか。

 言われてみれば。P1で反証不能仮説のことが頭にあったので、理論だけでも疑似科学とできるケースがあると考えていたのですが、それは「根拠のない理論」というべぎてしたかねえ。

 

Kenさんに

 投稿者:diamonds8888x  投稿日:2018年 4月15日(日)14時07分56秒
   続きは第3掲示板でと言いましたが、スレッド立てに時間をかけるかも知れませんので、ちょっと最後にKenさんにお奨めというか、お願いをしておきます。釈迦に説法の点もあるかも知れませんが御容赦を。

 考えの違う人との議論が楽しいのは、相手を倒した(と思い込んだ)時だけではありません。むしろ自分の知らなかった視点を取り入れて自分のものにできた時の方が数倍楽しいと思います。そのためには知った時点では受け入れにくくても、色々な視点からつつきまわして見ることが大切です。

 複数人との議論は手に余るという気持ちはわかりますが、実は私の発言と通じる言葉や、同じことを違う表現で言っているだけのこともあります。そもそも議論に関連のない発言でないはずなのですから、違う表現を複数読んでみるとフッとわかる場合もあります。複数人からの発言を読むという事は逆に理解の早道かも知れないのです。

 そして現在の御自分の考えの中だけで急いで返信する前に、少し異なることを読んでみて考えを練ってみるのはいかがでしょうか? 急がば回れで実はその方が有意義な議論ができるのではないか、などと考えます。てことで、まずは科学哲学をかじってみることをお勧めしました。


 まあ新しく本を読み進めるのも時間を取られると思いますが、ならば私以外の人の発言を読み直してもいいかも知れません。別に答える必要はありませんが、読んで理解しようとしてみるくらいはできると思います。
 

ヘタレなカタカナ

 投稿者:ダーウィンの子犬  投稿日:2018年 4月15日(日)11時32分35秒
  >カタカナ愛好者(笑)

 幼児は憶えた用語や技をやたらと使いたがるよね。言葉の意味が分からなくても
繰り返し繰り返し使うんだよね。
 ヘタレ君は最近カタカナ変換キーを覚えたようだね。それで面白がってカタカナを
使うんだろうね。まぁヘタレ君が幼児ということはないだろうから,おそらく老化ゆえの
退行なんだろうね。
 逃げてばかりいないで,老化防止のために少しは頭が使った方がいいと思うよ。
 

第3掲示板に行きましょう

 投稿者:diamonds8888x  投稿日:2018年 4月15日(日)07時26分59秒
   ミケさん御提案ありがとうございます。それがやりやすいですね。
 Kenさんは第3掲示板はあまり使ったことがないと思いますから、私がちょっと準備しますので、しばしお待ちください。それまで[http://6609.teacup.com/natrom/bbs/19837](哲学、特に科学哲学について)で紹介しましたものなど読みながら待っていてください。web上の資料がなくて申し訳ありませんが、まずは1,4あたりがいいかなとは思います。

 最後に、
>私には、この2つも根拠の無いことを主張する点では同じに思えます。
>
>なぜ神の存在は疑うべきでないといえるのか?
>なぜ神やデザイナーは人間よりも複雑といえるのか?

  Excellent question !!

 こういのが科学哲学で議論するテーマなのです。狭量な科学主義者だとこういう発想がでてきません。一方でkenさんは[http://6609.teacup.com/natrom/bbs/19758]での御発言を読む限り、最終決着は現実の観測で決まる、との考えだと思います。これは経験主義と呼ばれますが、科学的方法論として明確に確立されたのはそれほど古い時代のことではありません。このように一見当然と考えていた立場をも一旦は離れて見てみる、というのが科学哲学のやり方だと言えます。kenさんは本当は科学哲学的思考に向いているのではありませんか?


 続きは第3掲示板でじっくりと。他の方々への返答なども第3掲示板でやることにします。

 

Kenさん、diamonds8888xさん

 投稿者:ミケ  投稿日:2018年 4月15日(日)02時04分11秒
編集済
  今さらですが、
Kenさんにとって対複数が大変で、1対1がお望みというのであれば、
他の方の別の話題が混在してしまうこちらの掲示板よりも
「第3掲示板」でスレッドを立てて議論するほうがやりやすいかと思いますがいかがですか。
 

ちなみに

 投稿者:Ken  投稿日:2018年 4月14日(土)23時44分32秒
  「神の存在は疑うべくもないので、それを根拠にした論理展開は正しい」
「人間以上に複雑な存在とされる神やデザイナーの存在は、より単純な存在から推論できない限り、理論的存在としても成り立たない」

私には、この2つも根拠の無いことを主張する点では同じに思えます。

なぜ神の存在は疑うべきでないといえるのか?
なぜ神やデザイナーは人間よりも複雑といえるのか?

後者を補足説明すれば、石器時代から行われていた品種改良というIDは人間を越える存在など必要としないこと。一方、人間が設計して作った人工知能が人間には及びもつかない大量かつ多様な(つまり因子の多い)情報を有効に処理できること。これらを考えれば「神」なり「デザイナー」なりが人間よりも「複雑」という主張に根拠があるとはいえないでしょう。


[お断り]
公開掲示板で議論をしていますので、私とdiamonds8888xさんの意見交換に横からコメントされるのはもちろんご自由ですし、diamonds8888xさんからは回答がなされるかもしれません。

ただ、前にもお断りをしたのですが、私からの回答があることは、まずないことをご承知ください。

これは純粋に私(Ken)の能力の問題です。複数の方と同時に議論をすると、どうしても問題が拡散しますし、以前と同じ説明を繰り返す必用も生じます。私程度の頭脳の性能では到底対応できません。これまでも複数の方からご意見を頂戴しながら、すべて無視する形になっています。

申し訳ありませんが、ご理解をお願いします。
 

続き

 投稿者: Know thyself  投稿日:2018年 4月14日(土)23時25分46秒
  過去の事例から例を上げるのはいいのですが、気をつけてほしいのは、科学は決まった手順や方法で発展してきたわけではありませんので、反例もたくさんある、ということです。

私は、言葉や単語は道具のようなもので、ある程度のニュアンスが伝わればそれでいいと思っています。
ですので、必ずしも疑似科学というくくりを作る必要もないのでは…と……(元も子もない)

批判ではなく、肯定的な理論や観測、科学的手順、
それらがなければ、蓋然性が極めて低く、科学的に無視される仮説、となりますが。

科学と疑似科学の判定基準の1つに、科学的議論よりも哲学的議論を好む、とありましたが、
私も、まあ、蓋然性に寄与しない哲学的議論をするより、手っ取り早く理論を構築して、検証結果を提出するほうが有意義なのではないかと。

それと、哲学にはアンチノミー(二律背反)がありますので、お二人の議論の定義や条件次第では真にも偽にもなると思います。
どちらになったところで、それはお二人の結論であり、ID論の蓋然性には寄与しません。

あまり口を挟まず議論を見ていようと思うのですが、最近この掲示板を見たばかりですので、Kenさんの主張を捉えきれていません。
ID論のほうの主張に興味があります。簡単でいいですので、お手数ですがまとめてくれませんか?

無限の退行があるのか。あれば神学的な議論ですね。
無限の退行がないのか。その場合、その存在は自然発生ですね。そしてどのように進化したのか。
進化論なのか、違うのか。違うのであれば、なぜ地球では進化論のような進化なのか。

などです。
 

哲学的議論

 投稿者: Know thyself  投稿日:2018年 4月14日(土)23時03分21秒
  Kenさん

>はっきり定義できない境界で、どうやって

定義を明確にできない言葉を使うべきではないとし、自分たちですらなにも話せなくなり、後に提唱者であるウィトゲンシュタイン自身に否定された論理実証主義でしょうか。
言語は不完全なものです。愛や勇気、一見単純に思える単語ですら明確に定義できるものではありません。

「疑似科学」というのは言わば複雑系では?
ジョン・ザイマン、マリオ・ブンゲはそれぞれ、科学と疑似科学の判定基準には様々な要因分析が必要だとしました。
2人の分析に改訂を加えた「科学と疑似科学の判定基準」では、合計9つの項目が設定されています。
(人間・知識・社会・誠意・理論・学会・権威・実験・論争・出版)

ちなみにKenさんとdiamonds8888xさんの議論で気になったのは、"根拠を探せない"は一種類しかないのかな、と。

反証不可能性により根拠を探せない。
テクノロジーの技術不足により根拠探せない。
人間の発想、能力不足により根拠を探せない。

私は、反証不可能性に関しては疑似科学の1要因になるだろうとは思っています。(そもそも疑似科学という定義は、必要ではないと思っていますが。)

それと、ブラックホールの存在と内部を分けて考える妥当性がわかりません。技術不足、能力不足により観測不可能でも、存在する蓋然性が高ければ疑似科学ではない、と思っています。観測といっても、内部に関しては数学による検証(量子重力理論)だと思いますが。

ここは、検証不可能とされてきたことも(重力波や粒子の二面性)検証されてきましたので、なんとなく不可能だろう、とはせずに専門家に任せておきます。全然わかりませんので。

>このように対立する複数の仮説が根拠を示している場合、それぞれの支持者がやるべきことは相手の根拠を覆すことです。

違います。すべきことは自説の改善か転換です。
対立する説を批判しても自説の蓋然性を高めることにはなりません。そもそも、説が2つしかないとは決まっていません。
光波動説も光粒子説も、どちらも正しく間違っていましたよね。この場合求められたのは転換です。

>もしも歴史の偶然で、(中略)……どんなものでも軽々しく疑似科学などと決め付けるべきではありません。

偶然によってどちらかの説が否定されても、その説が正しければ、また、残った説だけで説明できなければ、観測にズレが生じて復活すると思いますよ。
それと、否定された=疑似科学ではないと思います。

根拠を探せないことと探そうとしないことは見た目には同じだ、とおっしゃっていたと思いますが、前提に"探せない"がありませんか?

根拠を探せる +探そうとする  =探せる
根拠を探せる +探そうとしない =探せない
根拠を探せない+探そうとする  =探せない
根拠を探せない+探そうとしない =探せない

とりあえず探そうとしないのは科学的態度ではないですよね。探せないことを証明もできません。
探せないとわかるのは反証不可能性ではありませんか?

ミケさんもおっしゃっていますが、同じく否定された仮説でも、疑似科学とされてないものがある。
たとえば、ガノレスの体液説、トムソンの原子模型、これは疑似科学とされているでしょうか?
否定され、蓋然性が極めて低い理論であるのは同様ですが、違いといえば、
蓋然性を高める肯定的な理論や観測もなしに正しいと主張する陣営がいない、ということはないですか?
 

今日は所用

 投稿者:eme  投稿日:2018年 4月14日(土)20時39分27秒
  神って誰さんのことについては・・・なんか違うような気がする・・。

>「さだめぢゃ(偶然含む)」のemeさんの投稿の
>①は、
> 「*つまりあらかじめ準備されていた」と言ってたし、私の勘違いではなく、
> 神って誰さんも、2018年4月10日22時58分25秒の投稿で、
> 「バズーカちゃんの指摘ドーリ・・・・ソーだよね」と言ってるので、やっぱり
>否定してなかったです。

この辺を代表とする処々の書き込みから判断しましたよ
ソーだね   投稿者:神って誰   投稿日:2018年 3月19日(月)22時36分27秒
自然選択   投稿者:神って誰   投稿日:2018年 3月18日(日)23時46分40秒
 

疑似科学は科学ではないが、科学でないものが疑似科学とは限らない

 投稿者:ミケ  投稿日:2018年 4月14日(土)18時41分4秒
編集済
  すみません、横から途中からで何なんですが、
“科学と疑似科学”について、Kenさん、diamonds8888xさんの参考になればと。

私は、一連のPについての議論について
あまりガチガチに進めても意味ないのでは、と思っていたのです。

疑似科学が疑似科学として問題となるケースとは、
つまりそれを疑似科学として区別しなければならないケースとは、

大体において
その仮説の提唱者が、
仮説の提唱だけでなく、その検証が済んだと主張しており、
その仮説が正しいと科学的に結論づけられていることを装っているケース
ではないでしょうか。

たとえば
「ABO式血液型で性格が決まる。これは科学的にも云々~」
「水に『ありがとう』と言うときれいな結晶ができる。写真(実験)で示す通りである。」
「(初学者向けの書物などで、他の学説と同列に並べて)ウイルス進化説というものがある。」

それが科学的成果と同じように信頼できるものであるかのように装う。
もしくは、意図的か不勉強かはともかく既存の科学的仮説を不当に貶める。
そのように“騙す”からこそ問題なのであって
検証済み(真実)であるかのように装わない、たとえば仮説を立てただけの段階で
疑似科学かそうでないかを選別したところであまり意味があるとは思えません。

科学でなければ即疑似科学として批判されるのではなく、
科学でなく、かつ科学的な結果であるかのように装ったり、
科学的な別の成果を不当に貶めて自説が正しいかのように誘導したりするのが疑似科学であり、
それはたとえばルイセンコ事件などのような不利益をもたらし
だからこそ批判の対象となる。

Kenさんの疑問にお答えするならば
科学と呼ぶには不十分であるけれども
科学的成果であるかのように装っていないものは
科学的でないことをきちんと表明していれば明確に疑似科学ではないですが、
装っていなくても自説の扱いや他の科学的仮説へ態度次第では
科学と疑似科学のグレーゾーンになるかと思います。

単に未検証の仮説であったり、
あるいは既に科学的に否定された仮説であったり、
そもそも科学的な検証が不能な仮説であったり、
科学的事実と呼べない仮説は多々ありましょうが、
それだけでは疑似科学と呼ぶには不十分だし、
疑似科学を批判している人たちも単にその仮説がそういう仮説だと言うだけで批判はしていないでしょう。
 

diamonds8888xさん

 投稿者:Ken  投稿日:2018年 4月14日(土)17時23分15秒
  なんだか、予想もしなかった方向に話が進んでいるように思えます。

>科学と疑似科学の境界は不明瞭になる、ということだと思います。両者の境界を言葉ではっきり定義することはできない

はっきり定義できない境界で、どうやって

「仮説Aはまっとうな科学」
「仮説Bは疑似科学」

そんな議論が成り立つのでしょうか?

>現実問題としては個別の根拠を判定していくしかなく

個別もなにも、境界を定義できないのなら、たった1つの仮説も判定できないではありませんか。

もしくは、これはグレーゾーンがあると言われているので、グレーゾーンではない明確な科学や疑似科学もあるということでしょうか?

もしそうなら、グレーゾーンと明確な領域の境界はどのように定義されるのでしょうか?
 

/351