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リトルリーグの先輩からの言葉

 投稿者:戸塚リトルの♪サポーター  投稿日:2009年 6月25日(木)16時13分17秒
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  【ボストン・レッド・ソックス 斎藤 隆投手】
小学校6年生の夏から中学1年の終わりまで「仙台リーグ・若林フォルコンズ」という仙台市内では強いことで知られるチームに所属していました。もともと父親が監督を務めていた少年野球のチームに入っていたので、それほどリトルに興味があったわけではないんです。でも東京から転校してきたリトル経験者の子と友だちになって、彼があまりにも熱心に誘ってくれるので、入ることを決めたんですよ。

 違う学校の子と同じチームで野球をすることが新鮮でした。少年野球チームにいたころの僕はエースで四番打者。それがリトルリーグのチームには、僕よりうまい子が大勢いるんです。レベルの高さにびっくりしましたね。大阪の万博球場で行われた全国大会に出場したことがリトル時代のいちばんの思い出なのですが、そのときは他チームの選手の体の大きさや投げるボールの速さに驚いたことを覚えています。そうかと思えば小柄なのに、ものすごくうまい選手がいたりする。見るものすべてに感動した大会でしたね。僕は内野のレギュラーとして試合に出ることができたのですが、全国大会という高いレベルで戦えた自信が、その後、中学やシニア、高校と野球を続けていくきっかけになったと思っています。

 リトルリーグの練習は厳しかったですよ。学校の授業が終わってから、ナイター設備のない河川敷のグラウンドで真っ暗になるまでノックを受けました。特に僕の育った仙台は、冬の寒さが厳しいんです。手がかじかむような気温の中、ポロポロになった硬球と、10年くらい使っている古い竹バットで練習していました。ボールは使っているうちに破れて、縫っても縫っても、また破れるんですよ(笑)。今、リトルでプレーしている子どもたちは、きれいな道具で野球ができて幸せですよね。

 当時、僕は1m50cmくらいしか身長がなかったんです。今の体格からは想像がつかないでしょう?(笑)リトル時代はちょうど成長期。たとえ今は小さくても、体ができるにつれて打球も飛ぶようになるから心配しないで。そして、「体が小さいからバントをする」など今のうちから自分のカを決めつけず、のびのびとプレーしてほしいですね。自分には大きな可能性があるんだと信じて、「こういう選手になりたい」という理想像を頭の中にしっかり描いていってください。

※全日本リトルリーグ野球協会リトルリーグ委員会公式ホームページより抜粋
 
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