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  1. 易学風水宗教(0)
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お墓の相談

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2015年 1月30日(金)07時35分42秒
  以前は、お墓の相談で悩む真摯な人が多かったと思う。
今は様変わりをして、お墓で悩む人も皆無。
どうでも良くなってきている。
何回忌まで勤めなければいけませんか?。
御布施は幾ら渡したらよいですか?。
無宗教なのですが、葬式や法事をしなくても良いですか?。
とか、答える事すら嫌になる。
芯から建墓に悩む人に出くわさない。
全ては本人の身勝手で短絡な方法の良し悪しを伺ってくるだけ。
葬式の日の初七日と四十九日を勤めてお墓も要らない戒名も要らないとする考えの人にもはや言い足す言葉はない。
貴方を産んで育てて下さった親やご先祖への報恩感謝を示す、それを子孫にも反映させ伝えて行こうとする感謝の気持ちが無ければ御墓は立たない。
自分勝手に生きて来たと思うのだから、お墓などはクソ喰らえに成ってしまう。
お墓が立たなくなった現代、どう進めていくのか、宗教者がいない事もこの寒い現状に陥っている。
産んで育てて大学まで行かせ結婚をさせてくれた親への感謝。
亡き親の仏の道の大学成就へ供養の道を重ねて行く親孝行って当たり前と思うのだが。
貴方の身体を真っ二つに割ると出て来るのは亡き両親のDNAのみ。
貴方の身体自信が両親で作られているのです。
ご先祖の悠久のDNAが体を形成しています。
そうなれば、親の為に、ご先祖の為に、手を合わせる事ぐらい簡単な事でしょう。
 
 

門松の据え方

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2015年 1月 6日(火)09時45分51秒
  年末に寺の門前を飾る門松を据えて来ました。
ネットに門松の飾り方が指南されているのを見て驚きました。
それは違うやろー。
ネットで示されると、それが正しいとされてしまう危険性が有ります。
書いたもの勝ちなのです。
そのネットは正しくありません。
竹の立て方ですが、
ネットでは、向かって右に在る飾りが、向かって右から中、小、大になっています。
私の指導は、向かって右に在る飾りが、向かって右から中、大、小なのです。
葉牡丹の色を、
ネットでは、向かって右に在る飾りに赤い葉牡丹、向かって左に白い葉牡丹。
私の指導は、向かって右に有る飾りに白い葉牡丹、向かって左に赤い葉牡丹です。
宗教作法で有りますから、向かって右に男性(白い葉牡丹)、向かって左に女性(赤い葉牡丹)です。
ネットと言う伝達機関を通じて、間違いが市民権を得て蔓延して行くのですね。
 

理想のお墓に近づきたい

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2014年12月10日(水)08時30分16秒
  間口が2メーターで奥行きが3メーター有れば、墓地としては広い方。
しかし、ご希望されている五輪塔と位牌墓は立たない。
であるならば、同じ機能を有する五輪塔と代々墓であれば解決する。
位牌墓とは、夫婦のみのお墓で、どちらかが33年もしくは50年を迎えれば五輪塔へ合祀する方式。
代々墓とは、33年経とうが50年来ようが、五輪塔へ合祀する事無く祀り続けて、戒名で一杯になった時点で五輪塔へ合祀する方式。
墓地の広さを鑑みて五輪塔と代々墓が最善。
水子の地蔵尊墓もご希望なので手前に棹付き地蔵尊墓を勧める。
光背を表す舟形地蔵尊墓はよくありません。
その他の必須は灯りである灯籠。
特に火袋の向きに注意を促しました。
禅宗ですから般若心経と観音経写経をお願いしました。
ご熱心にお取り組みの御夫妻ですから、回答するこちらも心地良く短時間ではありましたが実の有る内容で終始しました。
一生の大事ですから、お墓は慎重に取り進めて頂きたいのです。
五輪の頭が尖っている事、
墓塔の台座は同じ高さである事、
施主名は一人である事、
建立者名に朱色を入れ、空風火水地には純金箔を入れる事などをお話ししました。
 

中川小十郎先生のお墓

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2014年11月29日(土)07時36分43秒
  同志社大学の新島襄先生のお墓と大違い。
立命館創設者の中川小十郎先生のお墓に詣でました。
立命館大学構内の等持院墓地に在ります。
私が言う立派なお墓とは大きさや金額ではありません。
正しく祀られているかどうかです。
今の大学生に見向きもされていないお墓では悲しいのです。
墓石も仏教の教えに倣ってはおりません。
向かって右にナゼ奥様のお墓が立ったのでしょうか?。
大学としての法人のお墓なのでしょうか?、中川家としての個人のお墓なのでしょうか?。
宗教性の無いお墓はナゼか淡白で力強さを感じません。
字の彫も浅く判読が困難です。
花立も簡易で挿す事も難しいのです。
大学として、法人として、もう少し日の目を見るお墓に成らないものでしょうか??。
今の立命館大学を見て下さい。
素晴らしい学園になっています。
私が通った広小路学舎は今はなく、
衣笠、草津、別府、そして茨木と、立派な学園になりました。
中川会館閉鎖、倒れたわだつみの像、混乱な大学から平安な学園へ。
創始者へのお墓、もう少し供養篤き感謝に満ちたお墓に成って欲しいのです。

 

お墓は聖地なのです

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2014年11月28日(金)08時17分34秒
  墓地は聖地であり墓石はご本尊様なのです。
霊園を見渡すと色とりどりの墓石が立っていますが、どれをとっても感心しない駄作ばかりです。
手を合わす対象物なのです。
墓石の正面には、家紋が刻まれている、先祖代々の墓と刻まれている、〇〇家之墓と刻まれている、これらは全くの手を合わせて拝む対象物にはなっていません。
ナゼ、〇〇家先祖代々になっていないのでしょうか?、仏種子を刻んで仏をお迎えした事になっていないのでしょうか?、家宗旨に沿って『南無阿彌陀佛』になっていないのでしょうか?。
亡き人をお送りした浄土の情景が為されていません、仏国土を完成させなければなりません。仏様をお迎えしているから亡き人をお納めする事が叶うのです。
今日の墓石は、先祖代々の墓としか刻まれていない、墓域が四角ではなく変形、花の球根を植えている。家宗旨の香りが全くない(日蓮宗教義が反映されていない)。
 

散骨は止めなさい

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2014年11月27日(木)07時35分47秒
  散骨って聞こえは良いが、海への遺棄にほかなりません。
道徳や環境が叫ばれて久しく、今では海へのゴミ捨ても見られなくなって来ました。
それなのに、遺骨を海へ撒くと言う蛮行が普通と言う考えが蔓延しつつある事を憂いています。
散骨希望の理由を聞きますと、断然に多いのは金銭理由です。
安価で済むと言う理由です。墓地を買わなくても済む、墓石を建てなくても良い、
次の理由は、承継者がいないと言う事です。
墓地墓石を買っても跡継ぎがいないから無駄になって管理が出来ないと言う理由です。
だから、海へ撒いて終わりにしたいと言う理屈です。
する気が有れば、法律論ではなく、夜の海へ撒けば簡単です。
そう言った事をやりかねない勢いで困っています。
同じ事が山への散骨にも言えます。
私は北海道に広大な土地を持っています、美瑛と言う富良野と共に素晴らしい環境を維持しています。
一年に一回しか管理に覗きませんが、たまたま山に入って来た車を見つけ尋ねると「山へ散骨に来た」と当たり前の顔をして言われました。
此処は私の土地です。勝手に入って来られて(自由に入山されても構いませんが…)、遺骨などゴミの様に捨てて行かないで下さい。
故人は、捨てずに供養しお祀りをして行く事こそが親孝行なのです。
海は国民の財産であり、
山は私の財産なのです。
ゴミで犯してはなりません。
 

仏様をお迎えをする墓石と位牌

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2014年11月25日(火)07時39分41秒
  手を合わせるものなのに、その対象たる仏様が居られない。
仏壇を見て下さい、中央にはご本尊様が居られます。
その仏様に対して合掌をし礼拝をしているのです。
であるのに、ナゼ墓石や位牌には仏様が表現されていないのでしょうか?。
墓石を見て下さい、『〇〇家之墓』と言う看板の標記であって仏様が居ません。
看板を立てた訳ではありません。
亡き人をお祀りをし供養を叶える為には肝心な仏様が必要なのです。
南無阿彌陀佛としたり、
仏種子の梵字を刻む事で仏を迎えた事になるのです。
仏様に来て頂いてこそ往生や安寧の願いが叶うのです。
仏壇の位牌もそうです。
戒名が刻まらているだけで、その板碑を仏格ある尊厳な物に転化しなければなりません。
頂部には必ず仏種子(梵字仏)を刻んでこそ故人の戒名が生きて来ます。
仏種子が忘れられた現状を憂いて、このたび読売日本放送のカルチャーセンター宇都宮教室で梵字仏の講義を開講して広くご紹介に勤めます。
 

お位牌は夫婦戒名で

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2014年11月21日(金)08時51分19秒
  人は同時には亡くなりません。
夫が亡くなれば夫の一人戒名位牌、妻が亡くなれば妻の一人戒名位牌、になりがちです。
そうではなくて、現世も夫婦、来世も夫婦として。
また承継の子供からすると産んで育てて下さった両親として。
夫婦戒名の位牌を作ります。
夫が亡くなれば向かって右に夫の戒名を刻んで向かって左の妻の戒名の部分を空けておきます。
そうして何れは夫婦戒名が刻まれて祀られるわけですが、どちらかが50年を迎えればお焚き上げを済ませて先祖代々のお位牌へ格上げ合祀とします。
寂しい一人戒名位牌にはしない事です。
 

お墓のご遺骨の移葬

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2014年11月19日(水)07時10分49秒
  遠くにあるご先祖のお墓を解体整地して、近くの墓地へお迎えをする時。
旧地で抜魂供養後、お骨お土を頂いて新たな墓地へお納めします。
近くであれば直埋葬ですが、距離が有る場合は二日後か三日後になる事は止むを得ません。
一旦土へ還っておられる人(お骨)を、お家の仏壇かお寺に一時安置しなければなりません。
家の仏壇では、ロウソクを点し線香を焚いて清浄に勤めます。
通夜の様に一晩中起きて絶やさないようにする必要はありません。
出来るだけ清浄に勤めれば結構です。
翌日の納骨は、運搬具の壺から空けて、浄土の石棺内へお返しして上げて下さい。
壺は石材店が処分します、全くの不要です。
 

お墓の素人の本は参考にならない

 投稿者:仏教墓塔研究会  投稿日:2014年11月15日(土)11時26分52秒
  ドコモショップのカウンターに本が一冊置いてある。
中を見ると、妻の実家の位牌を婚家に置いても良いが、お墓を纏めてはならないと書かれている。
女性雑誌の会社の発刊だから、大勢の女性が愛読しているはずだ。
読んだ人は『婚家の墓の中へ妻の実家の墓を迎えて纏めてはダメなのだ』と解釈をしてしまう。
書いた人はド素人、このド素人に専門家の私は負けている。
そんな事をさも当たり前のような顔をして書かれてはたまらない。
婚家のお墓の中へ妻の実家を迎えて纏めて合祀をしても構わないし自然で当然な事。
何故ならば、二人の間に産まれた子供は、既に婚家と実家の合体の証。
仏壇もお墓も、合体をした形に成っている。
婚家のお墓の中へ実家を迎えて合祀を叶えてこそ実家も浮かばれる。
ナゼ、実家を目の敵にして迎え入れようとしないのか?。
そんな非人情では子孫繁栄など有り得ない。
もう二度と、そんないい加減な本を書かないでください、悪影響を及ぼします。
まことしやかに、妻の実家のお墓を迎えたら祟りが怒る。
ではそうすれば良いのですかと問えば、
「永代供養にしなさい、そうお寺が言っています」とのご返事。
お寺の金儲けでしょう!。
そんなお寺へ丸投げなどして実家を放棄してはなりません。
貴女こそ唯一の子孫であり相続者なのですから、責任を持って承継して欲しいのです。
婚家のお墓の中へ、実家の両親を堂々と迎えて合祀をするのです。
その為には婚家の看板の〇〇家之墓ではダメ。
両家共通項の南無阿彌陀佛と言う仏文字でなければ纏まりません。
 

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