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天動説と地動説-2

 投稿者:diamonds8888x  投稿日:2018年 4月14日(土)08時13分29秒
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   天動説VS地動説の歴史は概略次のようになります。以前御紹介した日経サイエンス2017/04号の記事を主にして、wikiの関連記事から補足しています。

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BC470 - BC385年頃 フィロラオス(Philolaos)、「見えない炎の周りを地球、太陽、星は、回っている」
BC300年頃 アリスタルコス(Aristarchus)、太陽中心説
BC150年頃 プトレマイオス『アルマゲスト』、天動説に周転円導入し予測精度が高くなる。

1510年頃 コペルニクスが地動説を着想したとされる。
1529年頃 コペルニクスの地動説が知る人ぞ知るものとなる? wiki「ニコラウス・コペルニクス」
1543年 コペルニクス『天体の回転について』、死の直前に印刷完成。

1588年 ティコ・ブラーエの修正天動説。太陽は地球中心に公転、惑星は太陽中心に公転。
1609年 ケプラー『新天文学』第1法則(楕円軌道)、第2法則(面積速度一定)
1610年 ガリレオ衛星の発見
1618年 ケプラーの第3法則(公転周期の2乗は、軌道長半径の3乗に比例)
1627年 ケプラー『ルドルフ表』(精緻な運行表で暦や航海に役立った)
1632年 ガリレオ『天文対話』

1651年 リッチョーリ『新アルマゲスト』、修正天動説を擁護。
1674年 英王立協会のフック(Robert Hooke)はこう書いている。「コペルニクス以来,地球が動いているのか止まっているのかが問題とされ,当代最高の天文学者と哲学者が多大なる理知を傾けてきたにもかかわらず,どちらであるのかを確かに明示するものを見つけ出した者はまだいない」。
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 Kenさんが提起しているのはコペルニクスの地動説がP1に当てはまるのではないかという問題です。

 まずコペルニクス地動説は【プトレマイオス天動説と同等な仮説により】、天動説の難点を説明し、かつ天動説よりも精確に(少なくとも同等に)天体運行を予測できました。そのため「そして多くの科学者がこの本を読んで敬服し,注釈付けし,天文現象の予測精度を高めるのに利用した。」(日経サイエンス2017/04)。ケプラー地動説も同じなのですが、天動説を信じながらも「便利な道具」として使った人々も多かったようです。ちょうど虚数や波動関数を「実在しないが便利な道具」として利用するように。
 少なくとも天体運行に実際的関心のある人々(当時ならプロと呼んでよいでしょう)の間では、今でいう疑似科学やトンデモと評価されていたのではありません。定説を脅かすかも知れない手ごわい対立仮説と考えられていたというべきでしょう。

 なおコペルニクス地動説が説明した難点とは、①惑星の逆行、②全惑星の運行に1年という単位が入ること、です。地動説では地球の公転が全惑星の運行に入ってくるので②は当然ですが、天動説では各惑星の運行は独立しており共通のパラメーターを含む理由がありません。

 そして天動説側でこの①②を克服したのがティコ・ブラーエの修正天動説です。さらに修正天動説はコペルニクス地動説よりも予測精度を高めました。そして地動説側から同等の予測精度を出したのがケプラー地動説です。これ以降は、ティコ説とケプラー説とがどちらとも決めかねる対立仮説として両立する歴史が続きました。


 さてコペルニクスの地動説の時点での検証の試みですが、天体の運行を天動説同様以上に予測してみせたという点がひとつの検証になっています。またKenさんは惑星までの距離の測定を検証のひとつとして示しましたが、それは天動説の検証でもあります。つまり、惑星までの距離の測定という検証を実行しなかったのは【天動説側も地動説側も同様です】。

 なおガリレオ以来の望遠鏡観測の時代に入っても惑星までの距離測定はなかなか難しかったようで、ケプラー説vsティコ説の両立が続いています。むしろ月も地球と同じ物質でできているらしいことがわかった点の方が大きいかも知れません。天体は地球とは異なる軽いものだから動ける、という天動説の根拠のひとつが崩れましたから。


 もう少し詳しくは別信にて(書ければ書きます)
 
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